10 ソハヤノツルキウツスナリ
家に着くや環はすぐに鍛刀に没頭した。
(これは違うが・・・)
この前の祠の鉄とは明らかに違い、しっかりとした剣が出来る。
だか、色々試してみたかどうしても肌艶が悪い。
刀と言うより蛇がうねるように見える。
何とも思い通りにならない鉄だ。
(どうも気に入らんな)
想像した出来とはかなり違う。
作った刀の茎に銘を切らずタガネを当て上から叩く。
(潰してまた材料として使うか)
完成した剣を部屋に余っていた油鞘に無理やり入れた。
とりあえずこの御神体を使うのはここで一度やめておく。紙に包みその上から風呂敷でくるみ部屋の隅に置いた。
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環は空を眺めた…
江戸に出て来てどのくらい経ったか・・・
先日は千代田城に呼ばれ、ソハヤノツルキウツスナリの押形を見せられた。
何に使うのか知らんが、これの写しをすぐに作刀せよとの命だ。
(そもそも材料が無いぞ、無茶を言う)
炭代がかかるのでとりあえず手持ち刀を売りたいのだが、信州の時に作刀したあの御神体試作しか無い。
(まぁ、いくらかにはなるだろう)
「環」「正行」改め今は「清麿」と言う。なかなか評判が良く高く売れているが、信濃で作った星のかけらノあの刀は、銘を切って無いから安いのだ。
今から清麿銘を切るのは矜持が許さない。
金は無くても納得いかない刀には銘を入れないと言う誇りがある。
なので安くてもそのまま売るつもりだ。
翌日、刀屋が来た。店を持つ棚師ではなく、店を持たずに売り歩くトンビだ。
この男がなかなか良い目をしている。
俺の刀を売ると言えば、刀を見もしないで値付けをする棚師に譲るよりこう言う男に売りたい。
「これは小3両・大6両だと言ったところですかな?」
「お前が見てこの刀はどう思う?」
「・・・いけませんな」
「そこまで不細工か?」
「いえ、決してそのような事は無いのですが、ただとにかくこの刀は一言で言うなら「悪し」ですな」
「出来はどうだ?」
「コレは匂い出来に見えますがそうでは無いですな?」
「どちらかと言えば沸出来に作っている」
「んー・・よくわかりませんな」
「分からんか?打った俺にもよくわからん」
「これは滅多な人には売れませんな」
「売り払っといて悪いがよろしく頼む」
「承知しました」
9両を受け取りとりあえずこれで炭代は出来た。
それにしても今回の件は気が進まない。
(御神体をもう一度使ってみるか)
信州から持って来た御神体の残りを使い、作刀する事にした。
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窪田清音の屋敷内に作った鍛治場で注文を受けたソハヤノツルキの作刀をはじめる。
打ち上がった一部を研ぐ事を窓開けと言う。
早速、窓開けをしてみるとやはり眠い。
前回より多少は良いが清麿が求める鮮烈な躍動感とはほど遠い。
清音はこれで良いと言うが、やはりどうしても納得がいかない。「清麿」の銘を消しソハヤノツルキウツスナリと入れ部屋の刀掛けに置く。
その夜、清麿は窪田邸を出て長州へと旅立った。
そしてその数年後、嘉永7年11月14日・清麿は42歳で自害した。