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「ちょっ……ダメですって……ひゃう!」


 あたりはすでに薄暗く、そびえたつ山々に遮られ夕日の姿は見えない。木々も寝る準備を進めているのか森の中はひっそりと静まり返っていた。

 若いハーピィたちが木製の街頭に釣らされたランタンに火をともしてゆく。街でも見かけるようなランタンだ。魔物たちといえど夜の闇を裂くような文明は発達しているらしい。

 ──妙だな、とルカは思った。多くが人の形をした魔物とは言えここまで似たような発明がされるだろうか。ハーピィたちの家もそうだが、不思議に思わざるを得ない。まるで人間たちの文明がそのまま伝えられているかのようだ。

 だがそんな疑問も今はどうでもいい。今は自分に向いた話の流れを引き寄せるときだ。


「いい経験になるって、そんなふわっとした理由でこんなわけのわからないニンゲンと付き添わなきゃいけないんですか!?」


 未だ納得のいっていないセラが声を上げる。いくら女王の言葉といえど、会うなりいきなり求婚してくる不信極まりないニンゲンと魔王のもとにいかなければいけない事が受け入れられないらしい。

 まあまあ、と、なだめる女王が言う。


「それもあるがの、おぬしの付き添いは監視の目も兼ねておる」

「監視の目……ですか?」

「ああそうじゃ。わらわとてこやつの話をすべて信じたわけではない、街に戻ってここの場所を他のニンゲンどもに言いふらさんとも限らんからの」

「そうですよ、セラさんが来てくれないなら僕は思いつく限りの方法でこの場所のことを言いふらしまくって討伐隊を編成してしまうかもしれませんよ?」

「えぇ……」


 ふてぶてしい人間の笑えない冗談に引くセラ。実に不憫である。


「もしそのような事があれば、わらわの全てをもってしておぬしを八つ裂きにしてやろうぞ」

「ですってよ、セラさん。僕がバラバラになってしまわないためにもよろしくお願いしますね」

「それはあんたの行動次第でしょ!」


 セラは深いため息をついた。もう何を言っても避けられないようだ。諦めて覚悟を決める他ない。


「……わかったわよ! ついていけばいいんでしょ、ついていけば!」

「やった〜〜!」


 なかばやけくそになったセラはついに折れた。両手を挙げ喜ぶルカの声が神経を逆なでする。


「それで、魔王ってどこにいったら会えるんですか?」

「さあな。わらわも詳しい場所はわからんが、あの山の向こうであることは間違いないじゃろうな」


 そう言って女王は西の空を見上げる。こちらを見下ろすはそびえ立つ山脈、魔物と人間の領地をおおまかに分断するホプキンス山脈だ。頂のあたりには常に雪で白く覆われておりその背の高さを物語っている。


「あれは……簡単には越えられませんね」

「何の対策もなく行けばまず命はないじゃろうな」

「ですよねぇ……」


 ニンゲンにとってこの連なった山々は文字通り壁として魔物たちから身を守ってくれる存在だ。特別立ち入りが禁止されているわけではないが、わざわざ魔物たちの縄張り方面へ向かおうとする人間はまずいない。したがって登山道のようなものは存在せず、野放しの自然に険しい崖が行く手を阻む。そして山頂に近づけば近づくほどに気温は下がっていくため防寒対策も必須となる。空を飛ぶことができるセラはともかく、生身のニンゲンでは越境することはかなりの困難を極める。


「セラさんが僕を掴んで飛んでいくとかは……」

「無理。というか仮にできたとしても絶対にイヤ!」


 セラが一蹴する。


「いい? あたしが女王様の命令でしぶしぶ同意したのはあんたが魔王のとこまで行くまでの間、あんたを監視することよ。あんたのことを手助けするつもりは毛頭ないんだから!」

「常に監視してくるなんて……まるで束縛の激しい恋人みたいですね」

「こいつ……ッ!」


 誰のせいでそうなったと思っているのだろうか。もしルカに固有スキルなどがあるとすればそれは『減らず口』で間違いないだろう。


「何をするにしてももう日も落ちた。今日はここに泊まっていくといい」

「わーい、お義母さんすき〜」

「じゃーかーら、誰がお義母さんじゃたわけ! わらわの名はルシエルじゃ! せめて名でよべ!」


 2度目のお義母さん呼びに女王は声を上げる。……おそらく『減らず口』はパッシブスキルだろう。もはやスキルと言うより呪いに近いかもしれない。

 この先が思いやられる──セラは本日何度目かもわからない、深い、それはそれは深いため息をついた。



◆◆◆



 最初こそ皆に敵視され囲まれていたルカだったが、族長が客人と認めた今は人間の、しかも男ということでその物珍しさから主に若いハーピィたちに囲まれていた。


「ニンゲンってどこで暮らしてるの?」

「ニンゲンはみんなそんな顔してるの?」

「ニンゲンって何を食べてるの?」


 矢継ぎ早にされる質問にひとつひとつ答えていくルカ。

 しばらく問答が続いたところで一匹のこれまた妖艶なハーピィがルカに近づいてきた。


「ニンゲンには翼がないのよね? 触ってみてもいいかしら?」

「ええ──おわっ!」


 答えるが早いか、彼女は後ろから抱きつくような形でルカの身体をまさぐりはじめた。

 気がつくとルカの身体はハーピィの羽の中にすっぽりと包まれてしまった。逃げようにも逃げられない。ピッタリとくっついた背中には柔らかく温かい双丘の感触。甘くやや獣くさい匂いが鼻腔に潜り込み脳を支配されてしまったかのようにルカの思考が曇っていく。

 彼女はルカの肩に顔を乗せ上目遣いでルカを見る。その潤んだ瞳に思わず見とれてしまう。

 甘い吐息が耳を撫でる。何か大切なものが溶け出てしまいそうな気持ちになる。


「へぇ、ニンゲンの腕はこうなっているのねぇ」


 ハーピィがさわさわと手を動かすたびに羽根がルカの全身をくすぐる。


「はわぁ……」


 くすぐったさに情けない声を出すルカ。


「それじゃあ、こっちはどうなっているのかしら?」


 腕やお腹を擦っていた手がルカの身体を徐々に滑っていき、気がつくとズボンの中に潜り込み腰骨のあたりを直接撫でられていた。


「あら、本当に下半身にも羽毛がないのね」

「ちょっ……ダメですって……ひゃう!」


 ルカの制止を遮るように耳をついばんだ。突然の感触にまたもやルカは声を上げた。


「あばれちゃダメよ?」


 ハーピィは耳元でそう囁くと、ふぅっと優しく息を吹きかける。こそばゆい感覚にルカは小さな声を漏らしながら反射的に身体を震わせた。


「ふふ、びくびくしちゃって。かわいいわね」


 押しのけようとやってきたルカの手をハーピィはいとも簡単に握る。指と指を絡ませるように掴んで手を腰元まで下ろさせる。抵抗しようにも、まるで力が入らない。


「ねえ、ずっとここにいたらどう?」


 ハーピィは吐息混じりに再び囁いた。


「そ、それは……ダメ、です……あッ」


 耳をついばみ、舐める。呼吸は浅くなり、脳への酸素が不足しくらくらする。


「わたしあなたのこと嫌いじゃないわよ?」

「僕にはっ……やらなきゃいけないことが……あってッ」


 ハーピィはそこで顔を上げた。冷ややかな目でセラがこちらを見ている。


「あら何よセラ、妬いてるの?」

「そんなんじゃないわよ! 見てただけじゃない!」

「ごめんなさいねぇ〜あなたの未来の旦那さんで遊んじゃって」


 からかうように彼女は口を覆って笑う。


「そんな予定もないッ! てかあんたもあんたでなに満更でもない顔してるのよ!」

「いや、そりゃあまあ、ちゃんと満更でもないので……。むしろずっとこの時が続けばいいなと……」


 ルカはすかさずグーサインを作ってみせた。


「…………」


 怒りを通り越したセラの感情は『無』を選択した。


 セラの受難は始まったばかりであった。

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