「一目惚れは本当ですよ!」
大地を裂くように南北に伸びた天を突くような山脈。まるで壁のようである。人間たちには『ホプキンス山脈』と呼ばれている。その名称ははるか昔にいた伝説の勇者ホプキンスの名に由来する。
ホプキンスはまだ魔物がこの大地を広く支配していた時代にその絶大な力をもってして魔物の大多数を山脈の西側へと追いやった立役者だと言い伝えられている。そうして肥沃な東側の土地と安全を確保した人間は国を作り文明を育み今日まで発展してきた。
そうした歴史を背景にホプキンスとともにこの山脈は神格化され『魔物から人間を守ってくれる自然の要塞』として、山脈を崇める宗教ができるほどに人間たちに大切にされている。
そんな山脈の麓付近。一人つぶやく男がいた。
「ここがハーピィの集落か……」
ハーピィが飛び去って行った方角へひたすらと進み続けたルカはついにその目的を果たした。少し開けた場所に木造の家々。ハーピィの住処と聞いて想像していたのは木の上に……なんてものだったが実際は違うらしい。ただ、ハーピィの不便そうな手でこれら家を建てるのは容易ではないだろう。おそらく手先の器用な種族たちが建築したのだろうか。魔物たちも別種同士での共生がなされているのか。興味は増すばかりである。
「おにーさん、だれー?」
集落の目の前で物思いに更けていたルカに声をかける者がいた。目線をやるとそこには幼子だろうか、ちっちゃいハーピィがくりくりとした大きな眼でこちらを見上げていた。ルカはしゃがみこんで目線を合わせ声を返す。
「やあ、お嬢ちゃん。こんにちは」
「こんにちあ~」
ぺこりと挨拶を返す愛らしい幼鳥。そしてまた質問を繰り返す。
「おにーさん、だれー?」
「ん-? おにいさんはねえ、オオカミさんだよ」
「えー。おにーさん、おおかみさんなのー?」
「そうだよ、女の子をさらいに来たわるーいオオカミさんだよ」
そういうとルカは両手を高く上げ「ガオー!」と脅かしてみせた。ちっちゃなハーピィは楽しそうに悲鳴を上げながらとてとてと逃げ始め、追いかけっこが始まった。わーわーきゃーきゃーと騒ぎながら集落の中を逃げまわるハーピィ、追うルカ。
「つかまえたぁ!」
ある程度ゆっくりと後ろを追ったあと、ルカはロリハーピィを捕まえ小脇を抱えて持ち上げた。幼子は息を切らしながらキャッキャッと笑っている。
ふと視線を感じて目をやると一匹のハーピィと目が合った。あんぐりと口を開け信じられないものを見る顔つきでこちらを見ている。確かに、俯瞰してみたらこの状況は集落にニンゲンが乗り込んできて魔物の幼子を捕まえているようにしか見えない。
すかさずルカはウインクをした。恥ずかしさのかけらも見せずにウインクをした。
「ニンゲンよ! ニンゲンがいるわ!!」
案の定、ハーピィは叫んだ。その声につられて他のハーピィたちが顔を出す。
「え? ニンゲン!?」
「どういうこと?」
「なんでこんなところに!?」
「大変! 子供が捕まっているわ!」
なんだか大事になっている。大人ハーピィが慌ただしく動き回り気が付けば周りを囲まれてしまっていた。そんな中ルカは目が合うすべてのハーピィにウインクをしていた。
「くそう……なんでみんなにらみ返してくるんだ……!」
当たり前である。
取りあえず抱えていたロリハーピィをおろす。幼鳥はよく状況がわかっていないのか、不思議そうな顔をしてルカのズボンの裾をキュッとつかむ。
「いやぁ、こんなに麗しい方々に囲まれてしまうとさすがの僕も照れちゃいますねぇ」
呑気にルカが声を出すとより一層睨みがきつくなる。
「ニンゲンがここに何の用よ……!」
集団の中から声がする。あからさまに敵意むき出しな声色だ。その問いにルカが答えようとする前に足元から声がした。
「あのね、おにーさんはね、わるーいおおかみさんで、だれかをさらいにきたんだって!」
無垢な眼でロリハーピィが答える。場の空気が凍る、とはこの事を言うんだろうなとルカは思った。
「こいつ……!」
「生かして返すな!」
「早くその子を解放しなさい!」
「やっぱりニンゲンはニンゲンね!」
ルカを囲むハーピィたちは口々に声を上げる。これ以上ないほどに印象は最悪だろう。足元をみるとロリハーピィは「みんなに言ってあげたよ!」と言わんばかりの目でこちらを見上げていた。苦笑いしつつもその子の頭をくしくしと撫でてあげると嬉しそうに羽を震わせた。
ルカはバッと手を高くあげると芝居がかったように喋りだした。
「……そう、僕はオオカミです。とても悪いオオカミです」
怪訝そうな周りをよそにルカは大げさな身振り手振りで続ける。
「なぜなら僕は、種族違いの恋をしてしまったのですから……! ああ、神よ! この想いが認められない世界が間違っていないとでも言うのですか……!」
……。
「何わけのわからないこと言ってるのよ!」
「なんかいちいち癪にさわるわねこいつ」
「さっさと出ていきなさいよニンゲン!」
ちゃんと不評なようで、方方から厳しい声が飛んできた。
「ずいぶんと騒がしいのぅ」
喧騒の中すっ、と張りのある声が通った。瞬間皆は口をつぐみ、声のした方に頭を下げた。見ると一匹の大きなハーピィが輪の中にやってきていた。
優雅さを感じさせるふわふわの長い髪に飾り羽。気品溢れる横長の瞳にそれを縁取る長くカールしたまつ毛。一言で表すなら、妖艶。思わず見惚れてしまう美しさだ。確かめずとも、彼女がこの一族の長であることは明白であった。
「あやつがさっき話していた例の変なニンゲンか、セラよ」
彼女がそう問うと、セラと呼ばれたハーピィが後ろから顔を出した。それはルカが先程森の中で出会ったハーピィだった。
「うっわ、なんでいるのよ……」
ルカを見るなりあからさまに嫌そうな顔をしてそうこぼすセラ。すぐさま軽く咳払いをすると問いに答えた。
「ええ、そうです女王様。会うなりいきなりその、けっ、結婚を申し込まれて……」
セラは言い終わるが早いか、女王の背中へと恥ずかしそうに隠れていった。
消え入りそうな答えを聞くと、女王は値踏みするようにルカをねめまわした。ルカはすかさず右手でVサインを作る。どうしてそういう事するの……。
程なくして女王が口を開いた。
「して、ニンゲン。おぬしは何者で何が目的なんじゃ?」
「どうもはじめまして。僕はルカと申します。先程出会ったそこの可憐な彼女に……ええと、セラさん? ってさっき仰ってましたかね? それでその、一目惚れをしてしまいまして、婚約のご挨拶にお伺いさせていただきました」
「婚約の挨拶ってあんたなんかと婚約した覚えはないし、アタシの名前も知らないようなやつが何言ってんのよ!」
たまらずセラが顔を出し、口を入れる。ルカは軽く拳で自分の頭を叩き「てへっ」っと舌を出す。話の通じない相手にセラは頭を抱えた。
軽い咳払いで気を取り直させると女王は続けた。
「ルカとやらよ、もう一度問おう。おぬしの目的はなんじゃ」
「ですから、彼女との結婚のご報告を……」
「それは建前じゃろう?」
ルカが続けようとすると女王が遮った。
「え、と……。それはどうしてそう思うんですか?」
「まず、なにか用でもないとないと普通のニンゲンはこんな森の奥には入ってこない。何か目的があったからわざわざここまでやってきたのだろう。一目惚れ云々で納得などできん」
それまで饒舌に舌を回していたルカが口をつぐむ。反論をしないルカをみて女王はさらに重ねた。
「それにその首飾り。勇者、というものの証であろう? おおかた依頼によるものか。 討伐か? それとも羽根が目的か? なんにしても妙ちきりんな話でわらわたちを油断させようなんて、いかにもニンゲンらしい姑息な手段じゃの」
「まさか!」
「では、何の目的でここまで来たと言うんじゃ」
「それは……」
ルカは下を向き口ごもる。周りを囲むハーピィたちは固唾をのんで返答を待った。その答え次第ではすぐにでも戦闘が始まるだろう。数で圧倒しているとは言え相手は仮にも勇者だ。力量のわからない相手に対して油断などできはしない。見ているものにも伝わるような緊張がその場に漂っていた。
しばしの膠着のあと、ルカが口を開く。
「……皆さんは、人間って好きですか?」
思わぬ言葉に皆、眉をひそめる。
「なんじゃ急に。まあ、どうかと聞かれたら好きとは言えんな」
女王が答えると少し間を開けたあと、ルカは俯いたままぽつりぽつりと喋り始めた。
「僕は……人間が好きですし、同時に嫌いでもあります。色々な、本当に色々な人がいます。様々な人たちが同じ世界で暮らしています。自分以外の人が何を思い考え生きているのかはわかりません。ですがお互いに言葉を交わし、気持ちを理解し信頼し、愛し愛され共に生きる事ができます。人が人を想い行動をする、それが僕の人間の好きなところです」
そこで一度区切ると、ルカは何かを思い出すように顔をしかめてさらに俯いた。
「ですが時には理解し合えず衝突し、理解をしようともせず相手のすべてを自分たちのために奪おうとする。人が自らのために他人を犠牲にする、それが僕の人間の嫌いなところです」
ルカは顔を上げると黙って話を聞く女王の目を見て続けた。
「ただ、それは人間も魔物も変わらないと僕は思っています。僕ら人間が忌み嫌い排除しようとする魔物たちにも言葉があり、誰かを想う気持ちがあるはずです。その想いに僕たち人間と魔物に違いはない、と思っています。ですから僕は今の人間と魔物の関係をどうにかして変えたいと、そういう目的でここまでやってきました」
「……つまりニンゲンとマモノの共存を目指している、と?」
「ええ、そうです。……恥ずかしいのであまり言いたくはありませんでしたがね」
「賛同否定は置いておいて、おぬしの考えは一度理解しよう。じゃがそれがセラとの結婚と何の関係があるんじゃ」
「それは、魔物を倒す役割のある勇者である僕が魔物と結婚することで、世の人間たちが少しでも魔物についての理解を深めてもらえればと……」
「そのためにそのへんのマモノをめとろう、という魂胆か」
「一目惚れは本当ですよ!」
慌ててルカは否定する。が、力なく言葉をつなぐ。
「……ただそうですね、そうした目的がない、とは言えないですね」
女王はフッと鼻で笑う。
「実に浅はかなで独りよがりで押しつけがましい考えじゃな。そんなことで他人の理解は得られるのか? たったひとりぼっちがマモノと結ばれただけで世の中の考えが変わるとでも?」
「そうさせるつもりです」
僕はとても悪いオオカミなので、と付け足すルカ。
「おぬし、本気で抜かしておるのか?」
「僕はいつでも本気です」
ルカは真剣な眼差しで女王を見る。女王は再びフッと笑うと続けた。
「理解はできん。……が、嫌いではないの」
「お義母さん……!」
「誰がお義母さんじゃ、たわけ」
流れが変わったとたん顔をきらめかせお義母さん呼びするルカを女王が一喝する。
ルカは姿勢を正して頭を下げると言った。
「改めて彼女を、セラさんを僕にください!」
「おぬしにそういった考えがあるのであればわらわの一存で決めるわけにはいかんな。お前の言う様々なニンゲンがいるようにマモノにも人魔の共存をよく思う者、そうでない者がいるはずじゃ。今ここでわらわが決めれることではない」
「おぬしが今話したこと、本気でそうしたいなら魔王のもとへ向かえ。わらわは魔王の判断に委ねよう」
「ちょっ! 女王さま! あたしはこんなヤツなんかと……!」
おとなしく話を聞いていたセラは突然雲行きが怪しくなってきたところで思わず口を挟んだ。
女王さまが一蹴してニンゲンをつまみ出す。それで終わる話だと思っていたが、なんだか変な方向へ進んでいる。女王さまが決めるとか魔王が決めるとかではなく何故自分の意見を聞いてくれないのだろうか。何が『悪いオオカミなので』なのだろうか。全く持って意味がわからない。
助けを求めるような顔で女王を見つめると、女王は笑顔でこう返した。
「セラよ、いい経験じゃ。こやつと魔王のもとまで一緒に行くが良い」
「い、いやぁぁぁぁぁああああ〜!!」
セラにとって死刑宣告に等しい言葉に反射して出た叫び。その声は森の中に響き渡った。




