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「結婚しよう」

「これで手続きはすべて終了となります。今日からあなたたちは立派な勇者です。人類の未来はあなたたちの手の中にあると言っても過言ではありません。ご活躍のほどを心よりお祈りいたします」


 受付のお姉さんはどこか事務的な笑顔でそう告げた。

 勇者、とは聞こえはいいが言ってしまえばただの冒険者である。その昔、魔物はびこるこの大陸で人類の領地拡大に多大な功績を残したといわれているのが勇者であり、現代の勇者はそれにあやかり付けられた過大な看板を背負った冒険者だ。

 街周辺の警備強化やいざという時の戦力になるという名目で冒険者もとい勇者にはそれなりのリターンがある。魔物対策協会の加盟店での宿泊や物品購入であればランクに応じた割引などが例に挙げられる。


「では首飾りをお配りしますので右側の列の方から順番に取りに来てください」


 受付の人のその一言を皮切りに周りがいそいそと離席の準備を始める。会場にいる人数は十数人。幾ばくかもするとすべての人に首飾りが行きわたった。


 男は──ルカは受付から受け取った首飾りを首にかけた。わっかにぶら下がった銀のたまは勇者であることの証明ともなる。決して華美とはいえないそのたまをつまんで眺めていると、一人の男が近づいてきた。


「なああんた」


 呼びかけられたルカは声のしたほうに目線をくれる。歳はいくらか上だろうか。首にぶら下げた首飾りは金色に輝いており、勇者としてワンランク上のゴールド帯であることが見て取れる。だが、面識がある相手ではない。いったい何の用だろうか。

 訝しむルカをよそに男は続けた。


「あんたはこの後どうするか、もう決めてるのか?」

「この後、ですか」

「そうだ。試験の様子を見させてもらったがそれなりに腕が立つようじゃないか。もし先約がないんだったら俺たちのパーティーに入らないか?」


 どうやらパーティーの勧誘のようであった。身体能力の面で基本的には魔物側がまさっていることもあり、魔物の討伐を糧に銭を稼ぐものたちが有用な新人をスカウトすることは珍しいことではない。現に周りを見ても幾人かが同じように勧誘を受けていた。


 魔物と戦う以上仲間、とまではいかなくとも知り合いは多いに越したことはない。そこでルカは──


「え、無理です」


──秒で断った。


「え、無理!?」


 思っても見なかった返答に勧誘に来た男は驚きの声を上げた。相手はなりたてほやほやのシルバー帯勇者。仮にも経験と実績を積んできたゴールド帯の自分に何をこんなに無碍にすることがあろうか。

 引きつった顔でなんとか体裁を保ちながら男は言葉を繋いだ。


「む、無理って……。あ、あれか? もう加入するパーティーが決まっている、とかか……?」


 むしろそうであってほしいとすら願う男。


「いえ? 別に?」


 当たり前のように否定する男。つまらなさそうに頬杖をつき、首飾りを手でもてあそんでいる。なぜこの男はこんなにもふてぶてしい態度なのだろうか。


「ならどうして!」

「えーと、あなたもしかして本気で理由が分からないんですか?」

「あ、ああ……」


 想定外続きで戸惑いを隠せない男を見たルカは、心底呆れた顔で、それはそれはわざとらしい深めのため息をついてから答えた。


「そりゃあねぇ、あなたが男だからですよ」

「……………………は?」


 困惑する表情からようやく絞り出されたのはその一音だった。

 ようやく男の方に向き合ったルカはさらに言葉を続ける。


「あのですねぇ、僕は男なんかよりかわいらしい女の子のほうが好きなんです。な・の・に、どうしてわざわざむさくるしい男なんかと一緒に行動しなきゃいけないんですか!?」

「そ、そうは言ったって、一人だけで勇者をやっていくなんてのも限界があるだろう」


 もはやなんでこんなやつを勧誘しているんだろうと内心自問している男のその言葉に、ルカは大きな声で反論した。


「僕が勇者になった理由は誰にもとがめられずに魔物っ()に会うことですよ! わかりませんか!? 知能を持つ魔物のほとんどが女性の! メスの! 女の子の姿をしているんですよ!? 勇者の称号を持っていればある程度自由にいろんな街を出入りできる! そうすることで多種多様な魔物っ娘に出会うことができるんです! あなた方のような日々の暮らしのために人々の依頼をこなし時には力を合わせて街を守るような不埒な人たちと一緒にしないでください!」


 ──そんなのこっちから願いさげだ。

 もはやそんなツッコミも出せずに男は啞然としていた。未だかつて勇者という仕組みを出会い系かなにかのように扱うものがいただろうか。いや、いない。


「それでは僕はこれにて」


 大声につられて注がれた周囲の冷ややかな目線も気に留めず、ルカは颯爽とその場を去っていった。

 ──かわいい魔物に会うために。


◆◆◆


 見渡せば無遠慮に生えた木がさわさわとささやきながらこちらを見下ろしている。背の高い木々の隙間から漏れた暮れはじめの太陽が何とか辺りを照らす。いやになるほど広いこの森は街からは数刻歩いた位置にあり、よっぽどの物好きでないと滅多に人が訪れることはないという魔物が住むにはうってつけの環境だった。

 そんな森で一人の物好きな男──ルカは生い茂る雑草の隙間にうっすらと見えるけもの道を進んでいた。腰巻きポーチにぶら下げられた剣を抜き草の根をかき分けて歩みを進める。探しているのは魔物の痕跡。落ちた体毛や残された足跡、幹についた爪とぎの跡などを頼りに進むべき方角を決めていた。


 ──どれだけ歩いてきただろうか。ただでさえ歩きづらい道に身体をつかんでくるような草木の中、痕跡を見落とさまいと集中を続けるのにも限界が訪れていた。持っていた剣は腕が痛くなってきたため鞘に戻している。集中は途切れその足取りは重たく遅くなっていく。

 拭えない疲労感を引きづりながら進むルカの耳に水のせせらぐ音が流れ込んできた。脳内に浮かび上がるは休息の二文字。ふらふらと音の方へ進んでいくと、木々の間を割いたように川原が現れた。平たく削れた小石の上を渡り歩き、薄くゆるやかに流れる水面の前でルカは腰を下ろした。

 手で水をすくい顔を洗う。何度か繰り返し、腕で顔を拭う。濡れた肌を風が撫で、心地いい。大きく伸びをするように顔を空へ向けると。


「──え?」


 こちらをめがけて猛スピードでなにかが飛んできた。


「うわあ!」


 声をあげながら咄嗟に後ろへと倒れこみながら回避をすると、なにかは目の前をかすめていった。

 すぐに立ち上がり剣を抜き、かすめた何かを視界に捉える。

 風に踊る桃色の髪。

 つややかで健康的な肩。

 そして上腕から先に生えた大きく立派な翼。

 胸元をかろうじて隠すかのような簡易的な服に無を包んだ人間同様の胴体に羽毛のような毛でおおわれた下半身。そして猛禽類のような足の先には鋭い爪が生えていた。


「ハーピィ……!」


 ルカは思わず声を漏らす。それに反応するかのように半人半鳥の魔物はルカをにらみつけた。

 どうやら魔物たちの居住地にかなり近づけているらしい。敵意むき出しの視線を見るに歓迎はされていないようだ。


「ニンゲン……! 今すぐにあたしたちの縄張りから、森から出ていきなさい!」


 ハーピィはルカの動きに警戒しつつ声を荒げた。凛とした顔立ちに少し長めの愛らしいまつげ。ややつり目がかった眼には不安の色がうかがえる。見上げた太陽のように白い肌。健康的で引き締まった身体。


 ──カランッ。


 ルカの手から握られていた剣が力なく滑り落ちた。ハーピィは想定外の出来事に驚きつつも、呆けたような顔でこちらを見つめ続けるニンゲンへの警戒は緩めない。


「妙な真似はよしなさい……!」


 動揺を隠せない上ずった声でハーピィは凄む。それもそうだ、相手はニンゲンだ。魔物を殺し、住処を奪いさってゆく残忍で獰猛で卑劣な存在だ。これ以上の侵略を許すわけにはいかない。毛を逆立て翼を広げできる限り自分を大きく見せる。しかし男は黙ったままこちらを見てくるばかりだ。静寂のせいか、木々のさざめく音や川を水が歩く音がいやに大きく聞こえる。

 しばしの膠着ののち、先に動いたのはルカだった。何かに引き寄せられるかのようにゆらりゆらりと歩を進める。

 

「こ……っ来ないで! 来たら蹴るわよ!」


 魔物の警告をよそにルカは一歩、また一歩とハーピィに近づいていく。それに気圧されハーピィは思わず後ずさる──が、過度な緊張からか足をもつらせぺたりと尻もちをついてしまった。

 まずい、そう思った時にはもう目の前にニンゲンがやってきていた。呼吸は浅くなり、足腰に力が入らない。男はその場で片膝をつき目線を合わせてきた。


 ──終わった。


 ハーピィはそう悟った。これから来るであろう息の根を止める衝撃に備えハーピィは目をつむり腕で顔を覆う。脳内に浮かぶは忠誠を誓う女王や集落のみんなの顔。見回り中にニンゲンを見つけたからと言って一人で来るんじゃなかった、想定外の行動にあっけにとられず先に動いていればよかった、後ずさりせず飛んでいればよかった。様々な後悔がめぐるがもう遅い。座り込んだ魔物の眼前にはニンゲン、殺されて何もかもおしまいで──。


 …………。


 しかし何も起こらない。怪訝に思ったハーピィは薄めを開けてみた。翼の隙間からおぼろげに見えてきたのはこちらに片手を伸ばしているニンゲンの男だった。訳が分からず目を開き顔の前から腕をどける。

 男はまっすぐにこちらを見てこう言った。


「結婚しよう」


 ?

 頭に浮かんだハテナの符号。目をぱちくりぱちくりさせながら声が漏れる。


「……は、え……?」


 ケッコン? ケッコンってなんだ? 訳も分からず停止する魔物。追い打ちをかけるようにルカはしゃべる。


「どうしたんだいハニー? そんなに驚いた顔しちゃってぇ」

「は、ハニー!?」


 ハーピーは間の抜けた声を上げた。


「え? えーとちょっと待って? あんたニンゲンよね? あんたはニンゲンであたしはマモノで、なんで……というかあたしを殺すんつもりじゃないの?」


 頭の整理が追い付かないまま言葉が零れ落ちる。


「殺すだなんて物騒な! そんなこと可憐な少女にしませんよ。僕の顔をよく見てください! ……ほら、紳士でしょう? ビシッ!」


 ルカは調子のいい顔でウインクをし、グーサインをした両手の親指を自分の顔に向けてビシッと言った。自分で言った。


「で、どうです? 結婚のほうは」


 顔を向かい合わせてルカは尋ねた。ハーピィは冷たくあしらう。


「どうって、どうもこうもないわよ。言わなくてもわかるでしょうけど、あんたはニンゲンであたしはマモノ、結婚なんてできるわけないでしょ」

「ニンゲン? マモノ? だからなんだっていうんですか? 種族が違えど、そこは愛ですよ! そんなちっぽけな壁は二人の愛さえあれば関係ないんですよ!」


 演劇の主人公にでもなったのだろうか、激しい身振り手振りで言葉を押し付ける。いったい何がこの男を突き動かしているのだろうか、ほとほと疑問である。


「そんなもの持ち合わせてないんだけど」

「ええっ!? ダメってことですか!? そんなぁ、こんなにもやましい事しか考えてないのに!!」


 とんだ誤算だ、とでも言わんばかり天を仰ぐルカ。夕暮れ前のやや暗い空、流れる雲、呆れる魔物。笑うように木が揺れる。


「そもそもあんたとあたしは初対面でしょ? あたしあんたの名前すら知らないのよ? そんな相手と同族でも結婚なんかしないわよ」

「これはこれは申し遅れました、僕はルカと申します。以後お見知りおきを、キリッ」


 ルカは自己紹介をしてキリッと言った。自分で言った、また言った。

 話の通じない相手を前にハーピィは頭を抱える。


「何なのよあんた……」

「あなたのダーリンです」

「…………」


 よくもまあぬけぬけとそんなセリフが出てくるものだ。この男に羞恥心というものはないのだろうか。まあかけらも持ってないからそんなことが言えるんだろうな、とハーピィは考えながら絶句した。


「さてと、差し当たってご家族にご挨拶をしなくちゃですね……。えーと、お名前は?」

「言うわけないでしょ」

「そんなぁ~。まあそういうつんつんしてるところもかわいいんですからぁ」


 ……無敵だ。

 もう何を言っても無駄だろう。まともな会話ができる気がしない。となるとやることはただ一つ。恐怖が抜けた足腰に力を入れてハーピィは立ち上がった。そして羽をはばたかせ宙へ浮き──逃げた。


「あああぁ! 待ってくださいよ!」


 叫びながらルカは近くの木へ駆け寄りよじ登った。空に抜けたところであたりを見渡すと遠くのほうに先ほどの魔物の姿が確認できた。ルカはほくそ笑む。


「ふふふ、逃がしませんよ」


 その顔は犯罪者のそれであった。


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