第六夜 変化
朝日の眩しさと、鳥の声で目を覚ます。
視界に映った見知らぬ天井に、一瞬身構えるがすぐに我に帰る。
屋敷を壊すような真似をすればいよいよ面目が立たない。
透明な板から外を見る。漏刻がないので正確な時間は分からないが、太陽の位置からして大体辰の刻といったところだろうか。様々なことがあったとはいえ随分と寝過ごした。
部屋を見渡すと一緒にいたはず(不本意だが)の神畏の男の姿は無い。人が動く気配に気づけぬとはなんたる不覚か。あの男が刺客であれば死んでいた。しかしこうして生きているということは...。いや辞めておこう。人と神畏は決して相容れない存在なのだ。
(ーーー本当に?)
まとまらない思考を頭を振って切り替える。兎にも角にも今は元の世界に戻ることが最優先だ。
部屋を後にし、階段を降りて行く。
下に降りるとあすとらが食事の支度をしているようだった。
「おはようございます。寝過ごしてしまい申し訳ない」
「おはようタダマサ。よく眠れたなら良いことさ、謝ることじゃないよ」
「いや、しかし...」
「ならあたしの手伝いをしておくれ。それでチャラにしよう」
「引き受けよう。何をすれば良い?」
「そうだね、まずは食器を出してくれるかい?食器はそこの棚にあるからさ」
かまどの近くにある棚から人数分の食器を取り出し、文机に並べていく。
そういえばあの男はどこに行ったのだろうか?一階にはあすとらの姿しかない。疑問に思い尋ねる。
「ところであの男はどこに?姿が見えないようだが...」
「イヅキかい?あの子にはお使いを頼んだんだ。パンはやっぱり焼き立ての方が美味しいからね」
「ぱん、とは?」
「小麦でできた美味しいやつさ。昨日の食事にあった茶色いふわふわした塊と言ったらわかるかい?」
「何となく...?」
それらしきものは思い出せるが、いかんせん自信がない。茶色いものは他にもあったので。
「ははは、食事の内容も違うんだったね。実物を見た方が早いだろう。あの子ももうじき帰ってくるだろうし、その時に教えてあげよう」
「...日も高いうちから村に降りているのか?」
神畏たちは己たちの目立つ容姿を少しでも誤魔化すためか、日が落ち暗くなった後から動き出す。そうして暗闇に紛れて悪事を働くのだ。あの村での惨劇も夜間に行われた。あまりに卑劣な行いだ。
「そうだよ?朝の早い時間から村の方を見ていてね。昨日話を聞いてから気になっていたそうだ」
「そうか...」
「あんまりソワソワしていたからね。お使いついでに村を見てくると良いって言ったら大喜びで駆けて行ったよ。それがどうかしたかい?」
「いや、何でもないのだ…」
「何やら訳ありのようだね。どうだい、この婆さんに話してみるのは」
「だが...」
「誰かに話すことで考えがまとまる事もあるよ。まぁ無理にとは言わないが」
あすとらのその言葉に腹を括る。上の空のまま行動をしても碌な目に合わないのだからと言い訳を紡ぎながら。
そうしてゆっくりと話し出す。元の世界のこと、神畏たちのこと、それから昨夜から頭を巡る考えも。
話終えるとゆっくりと息を吐く。知らず知らずのうちに息が詰まっていたらしい。私が話をしている間、彼女は何も言わずただ静かに話を聞いていた。
「なるほどね。つまりそっちの世界ではカムイ、あたしたちみたいな容姿をした者たちは迫害の対象でお前さんはカムイたちを捕まえる組織の一員と」
そりゃあ仲も拗れる訳だ
笑いながら彼女は言う。てっきりこのような話をすれば激昂されると思っていたため予想に反したその姿に拍子抜けする。
「咎めないのか?」
「それをする権利があるのはあの子だけだよ。被害を受けていない部外者がどうこう言う話じゃない」
「部外者など...」
「部外者さ。それにそのことに関してあたしたちも偉そうな事は言えないからね」
「どういう事だ?」
「最近はタダマサみたいな容姿の子も生まれてきていると言っただろう?魔物が暴れ始めたのはその子たちが原因とか何とか言って迫害する奴がいてね」
「それは...」
「分からない事が怖くて、どうにか納得しようとこじつけのように当てはめる。そんなことしたってどうにもならないだろうに」
「...無辜の民を守ろうと、被害をもたらす者を許すまいと、そう思ってきた。それは全て間違いだったのだろうか...」
「少なくともお前さんのその考えは間違いじゃあないさ。だからもう少しやり方を考えてみると良い」
やり方を考える...
神畏たちを捕まえてゆけば、いずれ平穏の世が訪れると信じていた。
しかしそのやり方は間違いだと言う。
自分のしてきたことが間違いだと認めるのは恐ろしい。
だが、このまま突き進むこともまた恐ろしい。私はもう、違う世界を知ってしまった。己は何か取り返しのつかない事をしようとしているのではないかという疑問を感じてしまったのだ。
だが今更どうすれば良いのだろう。
私はこの生き方しか知らないというのに。
「そんな顔ができるなら大丈夫だと思うけどね。何をすれば良いか分からないなら、あの子のことをカムイとしてではなくイヅキとして見てごらん。それだけでも何か変わるんじゃないかな」
物思いに耽っているとあすとらから言葉をかけられる。神畏としてではなく、維月として見るとはどういうことであろうか。
そうこうしている内に使いに出ていたあの男が戻ってきたらしい。
両腕に荷を抱えながら小走りで駆けてくる。
そうしてその勢いのままにあすとらと会話を始める。どうやら使いに行った先での出来事を話しているらしい。
あの男からすればここは極楽のような場所なのだろう。
ふくふくと頬を赤らめ、はしゃぎながら話をするその姿は幼く、そして楽しげだった。
ただの、普通の、人間に見えた。




