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~はじまり~

 心乃花が花神島に行ってから3日後の朝。今日はなんだかすごく早く目が覚めた。いつもは遅刻ギリギリまで寝ている(なんなら遅刻してる)のだが、今日はゆっくり朝ごはんを食べる時間がありそうだ。

 かるく伸びをして、ゆっくりベッドから降りる。ゆっくりと部屋を出て廊下を進み、ゆっくりと階段を降りる。1階のリビングに着くと、パンの焼けるいい匂いがした。


「あらアズサ、おはよう。」

「ぉはよ。」

「アズサから朝の挨拶聞くなんていつぶりかしら。」

「うっさい。」

「ふふ。」


 たしかに、母さんと朝に顔を合わせるなんて久々だった。いつもはあたしが下に降りて来た時にはもう母さんは仕事に行っていて、お弁当と朝ごはんがテーブルに置かれている。当然食べている時間は無いのでお弁当だけ取って家を出ている。改めて自分の日常を考えると、母さんにとても申し訳なくなった。


「はい、ジャムは自分で好きなの塗って。」

「あいつは?」

「"あいつ"とか言うのやめなさい。お兄ちゃんなら今日早いから、ってもう出てったわよ。」


 パンに適当にイチゴジャムを塗って頬張る。苺の甘酸っぱい香りが口に広がる。


『それでは、お天気情報の時間です。』


 テレビの画面には朝の情報番組が映っている。母さんが付けたのだろう。特に興味はないのでBGM代わりに聞き流す。


『都心は一日中晴れ間が続くでしょう。』




 朝ごはんを食べ終え、自分の部屋に戻る。制服に着替えて、適当に髪をひとつにまとめる。授業で使うテキストをバッグに入れようとして、課題の存在を思い出した。


「確かここに…」


 最近ほとんど使っていない机の引き出しを開けると、一番上に数学のワークが入っている。範囲のページを開くと、当たり前のように空白。まあ授業中に答え写せばなんとかなるだろ、と思ってバッグにしまおうとした時、足元でバキッと音がした。


「いった。…わ、まじか。」


 キーホルダーを踏んでしまったようだ。金具が変形して外れてしまっている。幸い、壊れたのはバッグに付ける金具の方で、本体は無事なようだ。帰ってきたら直そう、と机の上に置いた。




 お弁当を取りにリビングへ戻るとちょうど母さんが出かけるところだった。


「アズサ、母さん行ってくるから。戸締りお願いね。あとテレビも消しといてちょうだい。」

「はいはい。」

「"はい"は一回。」

「…はい。」


 行ってきます、と母さんが家を出ていった。家の中が一気に静かになる。付けっぱなしのテレビの音だけが空間に響く。お弁当はいつものようにテーブルの上に置いてあった。お弁当を取ろうと手を伸ばした時、都内のスイーツ店を紹介していたテレビの画面が変わった。


『速報です。近年観光地として人気の島、花神島が突如姿を消しました。』


「……は…?」


 その瞬間、音が消えた。テレビの音も耳に入ってこない。必死にテレビの字幕を目で追い、情報を頭に入れる。


―明け方、島全体が突如濃い霧に包まれ、以降島と連絡が取れなくなる。数時間後、上空から確認するも島は見当たらず。周辺に近づくことも困難。原因は不明。ー


「…なにそれ…。」


 だんだん周りの音が戻ってくる。同時に力が抜けて、テレビの前のソファにドサッと座る。


「島が…消えた…?」


 理解できない。島が消えるなどありえない。テレビに映っているアナウンサーだって理解不能という顔をしている。あったはずの土地が突然消えてしまうなど、間違いなく17年生きてきて一番衝撃的なニュースだ。だけど何かそれ以上に衝撃的なものがずっと胸に…


「……心乃花?」


 そうだ、花神島はつい先日心乃花が行った場所なのだ。

 勢いよくソファから立ち上がり、家から飛び出す。いつもの通学路を全速力で駆け抜け、心乃花の家を目指す。行ったところでどうなるか分からないが、とにかく走った。

 いつも歩いている道がとても長く感じられる。視界の上の方には、雲ひとつない朝の空がどこまでも続いていた。




 心乃花の家の前に着き、上がった息を整える。顔を上げて家の様子を伺うが、人がいる様子はない。とりあえずドアの前まで近づいて、インターホンを押してみる。しかし応答はない。

 《アズサが朝早いなんて珍しいね、どうしたの。》とドアを開ける心乃花が見えた気がした。《今行くからちょっとまってて〜。》そう言ってドアが閉まる。そしてすぐに、キーホルダーをぶら下げたバッグを持った心乃花が出てくる。《お待たせ〜。》柔らかい笑みを浮かべながら。

 目をぎゅっと瞑って頭をふるふると横に振る。まるで走馬灯じゃないか、縁起でもない。心乃花はきっと無事だ。きっと…


「…あ。」


 ふと、あの日から心乃花と連絡を取っていなかったことを思い出す。ブレザーのポケットからスマホを取り出し、心乃花に電話をかける。繰り返す呼出音の無機質な音が妙に不気味に感じられた。


「頼む…繋がれ…」


『…おかけになった電話番号は、現在…』


 ゆっくりとスマホを持つ手を下ろす。心乃花は電話に出なかった。

 いや、冷静に考えれば出るはずがなかった。テレビで、島とは連絡がつかないと言っていた。心乃花が島にいるのなら電話が繋がるはずないのだ。すっかりパニックになってしまっていてまともに考えることができない。

 ずるずるとその場に座り込む。いろんな感情がぐちゃぐちゃになっていて何が何だかわからない。もうどうしたらいいかも分からない。心乃花も島と一緒にどこかへ消えてしまったのだろうか。もうこのまま心乃花に会えないのだろうか。

 膝を抱えて顔を埋めたところで電話が鳴った。一瞬心乃花からであることを期待したが、急いでスマホを取り画面を見ると、沢城からだった。一呼吸置いて電話に出る。


「沢城…?」

『蓼野!お前ニュース見たか!?』

「…見た。…何がどうなってんの…。」

『いや俺もさっぱりわかんねえ。榎本から連絡とか来てねえか?』

「電話したけど繋がんない…。」

『…まじか…。』

「……心乃花…。」

『…。蓼野、とりあえず学校来てくれ。会って話そう。』

 

 電話を切って深く息を吐く。日がだいぶ昇ってきたようで、背中に光が当たって暖かい。力が抜け切ってしまっていた足をもう一度踏ん張って、ゆっくり立ち上がる。誰もいない心乃花の家を少し眺めてから、一度家に戻るため歩き始めた。








 心乃花の家の前に随分長いこと居たようで、学校に着いたのは朝のホームルームが始まるギリギリの時間だった。教室の扉を開けると、沢城の周りにクラスメイトたちが集まっている。


「あっ、きたきた。蓼野!」

「沢城…。」

「俺も他のやつらも榎本に電話してみたんだけどダメだった。島と連絡が取れないってのはマジみたいだな。」

「…。」


 なぜこの3日間心乃花と連絡を取らなかったのだろう。後悔の気持ちが押し寄せる。島が消える前に連絡を取っていれば、こんな事態は避けられていたかもしれないのに。

 キーホルダーの付いていないバッグの持ち手をぎゅっと握りしめる。


「…。蓼野。大丈夫。きっと大丈夫だ。」

「…うん。」

「遅くなってすまない。みんな席についてくれ。ホームルームを始める。」


 担任が教室に入ってきた。沢城が担任の前に立つ。


「先生。榎本と連絡がつかないんです。ニュースで花神島が消えたって…。これ、マズくないですか。」

「ああ…。それなんだが…。」


 声のトーンが少し暗くなる。


「榎本に何かあったんすか?」

「…鎌倉の方の海岸に倒れているところを発見されたそうだ。」


 クラスがざわつく。


「鎌倉の海岸!?たしかに花神島は東京の島で1番本土に近いけど、それでもジェット船で1時間はかかりますよ!?」

「心乃花、無事なんですか?」

「俺達も詳しいことはまだ分からないが、近くの病院に運ばれたらしい。」

「っ…!」


 走って教室を飛び出す。


「っおい!蓼野!」


 担任の声が聞こえた気がしたが、足をとめない。一刻も早く心乃花の無事をこの目で確認したかった。




「待てって!蓼野!」


 正面玄関を出たところで沢城に腕を掴まれた。振りほどこうとしたが、強い力で掴まれていて離れない。


「離せ!あたしは心乃花のところに…」

「落ち着けって!今行ったって榎本がどの病院にいんのかもわかんねえんだ!詳しい情報が入ったらすぐ行けばいい!」

「でも…!」


 その時、ゴオーと地響きのような音がして地面が小刻みに揺れ始めた。


「え、何…?」


 あたしの腕を掴んでいた沢城の手が緩まる。


「地震か?」

「ねえ、あれ…。」


 さっきまで雲ひとつなかった青空が、暗い灰色のもやに包まれていく。太陽の光が遮られ、辺りがだんだん薄暗くなっていく。


「何これ…。」


 もやがどんどん上から迫ってくるように見えた。


「…おい、なんかヤバくねえか。」

「…うん。」

「中に戻ろう。」


 沢城に腕を引かれて校舎内に戻る。

 街はどんどん灰色のもやに侵食されていった。







 これが、悪夢のような戦いのはじまりだとはこの時誰も思わなかっただろう。

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