ワン 8
「おかーさん! おとーさん!!」
私たちと繋いでいた手を離して、ご両親の足元へと抱き着く。それからご両親を見上げて、今までで一番の笑顔を見せた。
「ありがとうございました! なんとお礼を申し上げればいいか……」
「いいんですよ! 見つかってよかったですね」
「本当にありがとうございました!」
「おにーちゃん、おねーちゃん。ありがとう」
「どういたしまして!」
蒼が受け答えしている間、私は幸せそうな家族を眺めていた。まいちゃんのことを心の底から心配していた様子のご両親に、まいちゃんは愛されているなと確認できた。
頭を下げ、立ち去る家族。
「まいちゃん、もうはぐれちゃだめだよ~」
私は、離れていくまいちゃんへと投げ掛けた。まいちゃんは振り返り、手を振った。
「いっちゃったね」
開いた手が寂しく感じた。でも、喜ばなければいけない。喜ぶべきことだ。
「かわいかったな~」
「そうだね」
「蒼って、子ども好きなんだね」
「うん、大好き」
「子どもの扱い、うまくてびっくりしちゃった」
「……ねぇ、さーや」
おにーちゃんオーラを残したまま、蒼は私の目を見つめる。
「何よ」
危険を察知した。何かセクハラまがいなことが発せられるに違いない。
何が来るんだ? と、身構えた。
「さーやとの子ども、三人欲しいな」
「……パパになれるんじゃない? 私以外の誰かとの子の」
「さーやがいい」
大きくて澄んだ目が、私だけを映す。冗談ではなく、本気で言っているのはひしひしと伝わってきた。
そんなにまっすぐ見られたら、何も言えなくなる。
蒼の顔が近づいてくる。徐々に瞼を閉じていき、角度を付けていく。あと五センチ……三センチと縮まっていくと、私は右手の親指と人差し指で丸を作り、蒼のおでこへと打ち込んだ。
「いたっ!!」
骨と骨が当たるいい音がした。その場に蹲った蒼は、痛みのあるおでこを手で押さえる。
「調子乗んな! キス魔か、お前は!」
「そうだよ?」
「……」
「さーやのみのね」
「……」
「今すぐにでも、さーやの唇を奪いたい」
「……」
唇を舐めて、色気たっぷりに笑う蒼。心の中が渦巻いて、掻き回されている感覚に陥る。
彼のどこに? 何を? 私は一体?
「……さーや?」
「……早く次行こ」
「さーや! 手!!」
蒼を置いて、先に進む。パタパタと音を立てながら、蒼は私の隣に並んだ。
まだ見ぬ生き物たちが待っている。
―――…
「お土産、なんか買う?」
「会社の人たちに上げる分くらいかな」
「そうなんだ。僕は誰にもあげなくていいかもなぁ」
お菓子やキーホルダー、置物など様々な種類の商品が置かれている売り場まで来た。もう水族館の終盤で、ここを残すのみとなった。
「さーや! トイレ行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
ひらひらと手を振っていった蒼の後姿を見送らずに、店内を歩き回る。水族館にいた生き物たちがいろんな形でグッズ化されているのがすごくかわいい。アイディアで溢れている。
コンペイトウのぬいぐるみがあった……可愛い。
隅から隅まで目を通し終わると、こちら側に歩いてくる人物がいた。
「さーや!!」
キャラメル色のふわふわな髪の毛が大きく揺れる。太陽にも負けてない、輝かしい笑みを浮かべながら私の傍で立ち止まった。
「どう? なにかいいのあった?」
「会社の人たちに渡すお菓子だけ買ってくる」
「りょーかい! 出口で待ってるね」
蒼とまた別れ、会計まで進む。お金払って商品を受け取ると、出口でぴょんぴょん跳ねながらにこにことしている男がいる。
大人しく待ってろ。
人目を気にしながらその男に近寄ると、目をキラキラさせながら待っていた。何にそんな嬉しそうなの?
「さーやを待っている間、彼氏気分だった!」
「……」
「早くさーやと手を繋ぎたくて待ってた」
「……」
「さぁ! お手を!!」
会社へのお土産の袋は、気づいたら蒼の腕にかかっていた。残った手を、私の前に差し出される。
「いらない」
「そんなこと言って~! 本当は繋ぎたいんでしょ?」
「違う」
「照れなくていいって。分かってるよ」
「断っているのを理解しろ」
言葉が通じない男を置いていくように、スタスタと歩き始めた。距離が空かないようについてくる蒼。
「さーや!」
そして、私の行く先を塞ぐように前に立ちはだかる。私は、溜息を吐いて顔を見上げた。
「ん! 今日はありがと」
それは、綺麗な小包だった。テープにこの水族館の名前が入っている。もしかして、さっきお土産屋さんで離れた時に? トイレ行った時に買ったもの?
「何それ」
「見ればわかるよ」
「いらないよ」
「なんでよ! もらって!!」
「いいよ、別に」
「よくない! ……あ、じゃあこれからするキスのお詫びっていうことにする?」
「……」
包装されたそれを受け取った。満足したように頷く、蒼。
「ありがとう」
「こちらこそ! 楽しかった」
「……」
蒼の背中から日が当たっていて眩しかった。私は思わず目を細める。光が蒼の味方をしているみたいだった。
「さーや!」
「なに」
「ほっぺにキスしてくれてもいいよ」
「……」
頬にキスしやすいように寄せてくるが無視した。
「さーや、さーや! ハグでもいいよ」
「黙んないと、これ捨てるよ?」
「ごめんなさい」
もらったものを鞄に入れた。両手が空いた状態の私は、簡単に蒼に手を取られた。
何度離れても、繋がれる手。
「……蒼もしつこいね」
「自分の欲望に忠実なだけ」
「うーわ」
「え、引いた?」
「そうだね」
「さーや! さーやも悪いんだからね」
蒼には言わないけど、私も楽しかった。変態で危険人物に変わりないけど、こういうのもたまにはいいかもなと密かに思った。




