ワン 6
―――…
無視しよう。何があっても、どんなことが起きても。
関わらない。もう近所付き合いなんてどうでもいい。
そんなことを思っていた時、スマートフォンに蒼からメッセージが入った。
「今日も襲いたいくらい好きです」
何の反省もしてない一文だった。彼には通じないんだろうか。届かなかったのだろうか。響かなかったのだろうか。
悲しくなってきた。スマートフォンを机の上に置くと、ソファに横になった。
そして、空白の時間が流れた。
――ピンポン
誰。こんな時に。玄関までのそのそと移動する。
サンダルを引っ掛け、ドアスコープを覗くと蒼がいた。
無視をすると決めた。何も見なかったことにしよう。
百八十度向きを変えて廊下を進もうとする。と。
「助けてください! トイレの水が流れないんです」
知るか。そうやってまた私の部屋に入ろうっていう魂胆だろう。見え見えだ。
「漏れる! さーや!!」
漏らしちゃえばいいじゃん。私が扉を開けないことで漏らして恥ずかしい思い、悲しい思い、悔しい思いをしてその傷を背負えばいい。
……なんて思うのだけど、さすがにそこまでするのは可哀想になってきて、またサンダルを履いた。扉越しに声をかける。
「管理会社に電話した?」
「さーや! 漏れる!! さーや!!!」
話もできないくらい焦っているらしい。迫ってきているんだろう。
私は何も言わず、鍵を開けた。顔面蒼白の蒼が早口にお邪魔します! と言ってトイレに駆け込んでいった。
トイレが近いことは、本当だったらしい。用を足す音、トイレットペーパーをカラカラする音、水を流す音が聞こえてきた。
「はーすっきり!」
出てきた蒼は、顔面ですべてを物語っていた。それを見て良かったねと思うが、昨日のことが思い出される。
顔を突き合わせたからには、はっきりさせないといけないことがある。
「さーや、ありがとね! 助かりました」
ぺこりと頭を下げた蒼。ふわりと髪の毛が舞った。
「蒼」
真剣な表情で見つめる。きょとんとした蒼は見返すと、次第に顔を赤く染めていく。
「ど……どーしたのさーや」
「……」
「……告白!? 告白なら僕から……」
「昨日“遼”って人の連絡先消したよね?」
単刀直入に言った。蒼の顔から笑みがなくなる。しばらく無言が続いた。
「はい、そうですけど」
やっぱり。素直に認めた。だからって許しちゃいけない。言及しなければいけない。悪いことをしたら罰しなければ。
「なんでそんなことができるの?」
「さーやのことが好きだから」
勝手すぎる。私のことを一目惚れか何なのか分からないけど、そのせいで遼の連絡先を消されていいわけがない。見逃せない。
「好きだからって私の許可なく勝手に消すの? やり過ぎだと思わない?」
「邪魔者は消します」
「いい加減にして」
「そんなに“遼”って人のことが大切なの?」
「あの時が一番楽しかったって言ったでしょ?」
「じゃあいいじゃん」
「……は?」
「過去の人なんでしょ? じゃあいいじゃん」
「楽しかった思い出を大切にするのはいけないことなの?」
「さーやには僕がいるじゃん。過去の楽しかった思い出は必要ないでしょ?」
グッと拳に力を籠める。爪が掌に食い込み、痛みを感じさせる。
「そんなこと言うなら蒼とはもう関わらない」
「え」
「もう関わらないで」
「……嫌です」
「蒼のことなんて大嫌い」
「ごめんなさい。嫌いにならないで。なんでもします」
「じゃあ、関わらないで」
「絶対嫌。お願いします。さーやのこと大好きなんです」
「やっていいことと悪いことがある」
怒りを露わにしている私を見て怯えた蒼は、ダボっとしたズボンのポケットからスマートフォンを取り出す。操作をした後、画面を私に見せてきた。
「僕の連絡先、全部消していいから」
何度スクロールしても、どんどん出てくる友達リスト。これだけたくさんの人と繋がっているのに私と関わる為、嫌われないようにこの人たちを切るという。
これだけの人達の想いを簡単に切れるというのだろうか。それとも、それだけ私との事の方が蒼にとって重要なのだろうか。
「もういい。今度したら関わらないようにさせるから」
「……! さーや! ありがとう!!」
パアァァと明るい表情を見せる蒼。一命を取り留めたかのような喜び方に、私は気だるげに返事をした。
「はいはい」
「さーや! 仲直りした印にデートしよう!!」
立ち直り早いし、懲りないな。こいつ。
「しない」
「遊園地か水族館どっちがいい?」
「行かない」
「じゃあ水族館で」
「話聞けや」
「いーなー! 僕もさーやにじっくり眺められたいなぁ」
「……」
「眺められるだけじゃなくて、監禁されて、観察されるのもいいよね」
「……」
性癖についていけない。こいつはMなのか!? 私はSではないから相性悪かったな!
残念! 無念! また明日!!
「さ、お帰り下さい」
「さーや!」
ガバっと大きなものに包まれたかと思ったら、頬に柔らかいものが当たる。私の様子を窺うかのように顏を覗いてから、おでこにキスし直した。
そして、近距離で目を合わせてはっきりと言う。
「さーや、大好き」
何度も聞いた台詞。だけど、まっすぐ見つめられて言われると迫力が違かった。
―――…
「さーや! ワンピース!!」
仕方がないデートであるけど、おしゃれはしてきた。緩めのハーフアップに水色のチェックのワンピース、白のミュール、そして白のバック。沙彩のよそ行きバージョン。
蒼はというと、チェックのシャツに細身のスキニーパンツ、黒のブーツ。カッコかわいい服装だった。
「チェックお揃いだね!」




