ワン 5
くるくるとシチューが焦げないようにかき混ぜる。コクのあるクリーミーな匂いが鼻腔をくすぐる。
「写真はこれだけー?」
「スマホにあるよ」
弱火にして、ソファへと向かう。私を追ってじーっと見てくる蒼を感じつつ、スマートフォンを手に取る。フォルダーを開けると過去にした想いがぶわっと蘇ってくる。
「これは水族館に行った時の。……うわ、懐かしい!」
ジンベエザメを背に二人で写真を撮ってもらったやつだ。見上げてくる蒼にも見せてあげる。
「ふーん……」
「ジンベエザメって大きいよね。びっくりしちゃった。何十年も人間をしてるけどさ、まだ出会ってない生き物ってたくさんいるんだろうね。……あ、そろそろシチューがやばいかも」
ぐつぐつとしてきたシチューの火を止める。棚から二人分のお皿を出してよそった。
人参、じゃがいも、玉ねぎ、ブロッコリー…色とりどりで美味しそう!
「お待たせ~」
ソファの前のテーブルにシチューを置く。湯気が絶えず立ちのぼる。
蒼はバンダナとエプロン、キッチンのミトンはすでに外していて、手にはいくつか絆創膏が貼られている。普段料理はしないけど、私を元気にさせるために頑張ってくれたのだろうか。
その努力をアピールすることなくいるところにじーんと胸を打たれる。そういうところは健気のようだ。
「はい、ありがと」
蒼からスマートフォンを受け取る。改めてジンベエザメの写真を見て懐かしんだ。
「「いただきまーす!」」
大きな口を開けてガブリと食べる。とろとろで甘いシチューで野菜の味も染み込んでいた。
「美味しい! 美味しいよ、蒼!!」
「ほんと? よかった~…その言葉を聞けただけで作った疲労感がなくなったよ」
「ん。本当に美味しい!」
食は進み、あっという間に平らげた。空になって役目を終えた皿が机の上に残る。
「もうそろそろ帰らないとだね」
「帰りたくないー」
「鍋は洗って返すね」
「ねぇ、さーや! 帰りたくないっ」
「そんなこと言われても……」
「……ねぇ、さーや」
真剣な表情をして、こちらに視線を送る蒼。
「なに?」
「僕の彼女になって同棲しませんか?」
「しない」
「キスかハグしませんか?」
「しない」
「……どっちかしないと出ていかないからね」
「なにそれ!?」
黙って聞いていればさっきから!
彼女? 同棲? キス? ハグ? まだ出会って間もないのに何言ってんだか!!
「どっち? ……キス? ハグ?」
「なんでする前提なわけ?」
「僕が帰らなくてもいいの」
「それは困る」
「じゃあシよ」
「しない!」
「じゃあ帰らない!」
「……」
参った。どうしたらいいんだろう。
ぐるぐるといろいろ考え、苦渋の決断。私は負けた気分になりながら、意を決して両腕を大きく広げた。
にやりと笑った蒼は、勢いよく飛び込んできた。苦しいほどに締め付けられる。私の嗅覚を甘い香りが支配した。
「ん~…さーや、柔らかい。気持ちいい」
「あーはいはい」
「すぅーーーーっ」
「そんなに分かりやすく匂い嗅がないで」
「あ~いい匂い。ずっと嗅いでたい。もはや一体化したい」
「いっ……」
一体化!?
「へ…変態! 離れて!!」
「そうだよ、変態だよ! 何か悪い? 離れないし」
「悪いよ! 私に悪影響ある!!」
「そんなことない! さーやにもいいことある」
「何があるの!?」
「……一緒に気持ちよくなろ?」
「変態! 離れろーー」
じたばた暴れて相手が離れるように促すが、全く効果ない。むしろ、蒼は顔の位置を私の胸辺りまで下げ密着度を上げてくる。
「変態変態言うなら、変態なことしちゃうもんね~」
「どこに顔を埋めてんだコラ!」
顔全体ですりすりしてくる。完全に膨らみを堪能している。変態の極みだな。
「柔らか……弾力すご」
「んっ……」
頬擦りしたり、弾力を確かめたりやりたい放題。その感覚に私も思わず声が上がる。
――ピリピリピリ
私のスマートフォンの着信が響く。ポケットから取り出すと画面に“未希”の文字が。
「男?」
眉間にしわを寄せて不機嫌な蒼。大きな黒目が私を見入る。
「女」
「男でも女でもどっちもやだ。邪魔するやつは嫌い。さーやは僕のもの」
背中から蒼の手が服の中に入ってくる。
「ひゃ……!」
生々しい感覚に背中がゾクゾクする。蒼の意外に大きくてごつごつした手が、徐々に上へ目指して辿ってきた。
「やめて!」
阻止しようと押さえるも力が強く、止まらない。柔らかい膨らみにもう少しで触れるところで声を張り上げた。
「これ以上、手を出したら嫌いになる!」
ぴたりと動きが止まる蒼。興奮した目つきが悲しげに揺れる。
「襲いたくなるほど可愛いのが悪いんです。でも嫌いにならないでください」
「これ以上、手を出したら嫌いになる」
「……」
しゅん、と大人しくなった。私の体から、手も体も離していく。
「……」
「……」
「……帰るね」
あっさり私に背中を向けて、とぼとぼ帰っていった。そんなにしょんぼりされると言い過ぎたかなって罪悪感を抱く。
蒼のいなくなったドアをしばらく眺めてから、用事が溜まったスマートフォンをポチポチと押す。
未希には後で電話をかけなおすとして、元カレの遼からも連絡あったことを思い出す。
「あれ……」
トーク履歴がなくなっていた。友達リストにもない。
なんで?
「……」
蒼が訪ねてくる前までは、確かにあった。蒼とごたごたあってからの遼の話になってスマートフォンから写真を……
まさか、あの時?
一時的に蒼にスマホを渡していた。あの時にトーク履歴と友達欄から遼を消した?
怒りが湧き上がってくる。勝手に消すなんて信じられない。なんてことをしてくれたんだ。遼と連絡が取れなくなってしまったではないか。
せっかく私を思って料理をしてくれたところは感心したのに、結果がこれか……。やっぱり、男の人を信じちゃダメなのかな。遼以外は。
今日のことも含めて、蒼とはもう関わらないようにしよう。そう決めた。




