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ワン 32

「蒼。よーく考えなさい。これからお前を支えられるのはそちらの方ではない。私の目の前にいる芹沢さんだ」

「そうですわよ。村上家と芹沢家で協力してこれから大変なことがあっても乗り越えていきましょう。……ねぇ、たまき?」

「はい、お母様」


 ワインレッドの……芹沢さんのお母さんはそう言った。その隣の芹沢さんのお嬢さん、環さんはただただ前を向いていた。

 黒髪がまとめられて一つの花のように咲いている髪の毛、凛とした佇まい、芯のありそうな瞳。そして……芹沢というブランド。


 私に勝ち目はなかった。きっと、パジャマじゃなくても結果は同じだ。


「いいえ。僕にはさーやしかありえません」


 蒼……。なんでそんなに私のことを……。


「さーやがいてくれるから、僕は頑張れるんです」

「……。とにかく座りなさい。お前には芹沢さんの力が必要だと言い聞かせねば」

「必要ありません。僕らはもうすぐおいとまさせていただくので」

「なんだと?」


「お父さん」

「なんだ」

「手こずってたクライアント、落ちたから」

「なに!? 本当か」

「それもさーやがいてくれたおかげ」

「……。でもお前、データ集計後リサーチしろって言っ「終わったよ」」

「新規獲得のための企画はまだ「やったよ」」

「……」

「さすが優秀ですわね。村上さんの息子さんは。……ねぇ、環?」

「はい、お母様」


 人形のように動かない環さん。本当に息してる?


「芹沢さんとは結婚しなくても上手くやっていけると思うんです」

「なに甘ったれたことを!」

「芹沢さんは大人ですから、結婚しないからと言って協力を拒んだり、無視したり、敵とみなしてきたりしないです」

「……。も……もちろんそうですとも」

「だが!」

「僕にはさーやが必要です。さーやと結婚できるなら、仕事だって今以上に頑張ります」

「……ぐぬぬ」

「お父さんを超える社長になってみせます」

「……」


「どうするんですか? 村上さん」

「……本当だろうな? 蒼」

「はい。誓います」

「……。芹沢さん、今回は申し訳ないのですが」

「こちらからお断りさせていただきますわ! 環にはもっとお似合いの人がいましてね! ……行くわよ、環」

「はい、お母様」


 ぷんぷん、と怒りながら出ていた芹沢家。環さんは終始、外見も言葉も動作も人形みたいだった。


 静まった室内。蒼のお父さんはじっと蒼を見つめている。蒼も見つめ返している。


「……はぁ。お前ってやつは……」

「ご理解いただき感謝します」

「いいか? さっきの言葉を実現させなければ離婚させるからな! 子どもがいたら、会わせないからな」

「え、それは困る」

「……。覚悟は当然あるよな?」

「はい、お父さん」

「……はぁ……」


 大きなため息を漏らすと、私の方へと目を向ける。手に力が籠る。


「サーヤさん」

「はい!」

「蒼のこと、好きですか?」

「はい! 大好きです!! 食べてしまいたいくらい好きです!!!」


 あ。私、今なんて言った!?


「……。そうですか」

「さーや……」

「仕事は辞められますか?」

「え?」

「村上家に嫁ぐなら、家に入ってもらわないと」

「……。はい、辞められます」

「さーや……」

「……。蒼のこと、よろしく頼みますよ」


 蒼のお父さんはそう言って、優しく笑った。笑い方が蒼と重なって、本当に親子なんだなって実感した。


―――…


「さーや! 行ってきますのちゅーは!!」

「もう時間ないよ!」

「さーや!! 行ってきますのちゅー!!!」

「はいはい、分かった」


 スーツ姿が馴染んできた蒼の唇に軽くキスを落とす。ちゅ、と音を立てたそれは、まだ恥ずかしさを残していた。


「じゃあ行ってくるね! 体調悪いんだから、家から出ちゃだめだよ!?」

「はーい」

「カメラで見てるからね!!」

「……。カメラ……?」


 なにそれ!? 聞いてないんですが? この部屋にカメラが仕掛けられてるの!?


「いつの間に……!」

「行ってきまーす!」


 重いんだよな~愛が。心配なんだろうけど、そこまでする必要なくない!? 盗聴器だけでなく監視カメラもか……


 げんなりしてソファにもたれる。お腹に手を当ててから、お腹を摩った。



 この部屋には、蒼と私のものがたくさん溢れている。例えば、お揃いのマグカップに二つある歯磨き、そして写真。蒼との思い出がどんどん増えていく。


 私は決めた。蒼が本当の私を受け入れてくれたように、私も本当の蒼を受け入れようと。


 スマートフォンがメッセージを知らせた。


「今日も大好き。愛してる」


 私は今日も、溺愛されてます。






おわり

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