ワン 31
「………………別れ話は?」
「は? なにそれ。するわけないじゃん」
「え。だって……」
「昨日はよく寝れた? 会いに来てくれて連絡取れなかった寂しさを爆発させる寂しがりやなさーやを食べたかったけど、今日のことあったから早く寝てほしくて」
「なに、それ……」
「今日は寝かさないからね」
「……」
ブチッ。
「……。……さーや?」
「いい加減に……しろーー!」
部屋が揺れた。この部屋の隅々までに響くくらいの私の声だった。
「わっ!! え、なに!?」
「なに!? はこっちの台詞だから!!」
「ん? どういうこと?」
「なんで一週間連絡なかったの!?」
「仕事でやっておきたかったことがあって……」
「仕事って何!?」
「それはいろいろと……」
「盗聴器の会社!?」
「なんでよ! 違うから」
「私、すっごく不安だったんだよ!?」
「うん。不安なさーやも可愛かったよ」
「……。昨日冷たかったのはなんで!?」
「冷たかった? ……さーやが僕の家に来てたことの驚きと今日のことを言うのに緊張はしてたけどそれのせいかな」
「秘密って!?」
「ん? 僕が御曹司ってことかな……? 隠してるつもりはなかったけど」
蒼が御曹司……だから水族館で……
『社会人とかそういうんじゃなくて……僕の奢り』
『……。蒼ってバイトしてるんだっけ?』
『してないよ』
『じゃあどこから……』
『まぁいいじゃん! 行こう、さーや!!』
思い出すやり取り。大学が経済学部なのもあるのか。
なんだ? まとめると、蒼から連絡がなかったのと蒼の多忙は仕事のせいで、昨日の態度はたまたまで、蒼の秘密は御曹司ってことで、今日はここの社長である蒼のお父さんに私を会わせるということで。
「……」
そもそも、なんで蒼のお父さんと会う必要が?
「あの……蒼?」
「あ! さーや、時間がない!! 早く行かなきゃ!!!」
「え!? ……ちょっと待」
蒼に手首を掴まれ、廊下に出る。慣れた様子でエレベーターまで行くと、最上階へのボタンを押す。
「……はっ!」
「……?」
「パジャマなんだけど私!」
「うん」
「うん……? お父様に会うんでしょ」
「そうだね」
「……」
「……」
「……」
「……?」
「いやいや! おかしいでしょ!? なんでお父様に会うのにパジャマなわけ!?」
「時間ないし……いいじゃん」
「よくないでしょ! なんで……」
扉が開く。蒼は私の手首を解放すると、恋人つなぎにさせる。一本一本絡まって、強く握る。……緊張してる?
速足で奥の部屋まで進む。先ほどとは変わって厳重な扉だった。扉の近くにある機械にカードをかざさないと入れないタイプだ。
蒼が自分のポケットからカードをかざすとカチッと解除される音がした。一度ネクタイやジャケットが崩れていないか確認した。……私のパジャマもおかしいと気づけ!
私をチラッと見ると口角を上げる蒼。それからノックして扉を開けた。
「失礼いたします」
一瞬、眩しいほどの光を感じて目を細める。慣れた頃には目を見開いた。
「蒼」
白髪の清楚感あるがっしりとした体つきの人が蒼のお父さんだろう。蒼の名を呼んだ。そしてその向かいに座っているのがワインレッドのジャケットとスカートを履いた中年の人と、その隣には美しい着物を着た美しい人がいた。
蒼のお父さんとワインレッドの人は同い年くらいで、蒼と着物の人は同い年くらい。
……まさか!
「僕の恋人のさーやです」
「は……はじめまして!」
しん、と静まる場。明らかに浮いている。ただのOLの私が、というのもあるけどパジャマなのが一番大きい!
「……なんでパジャマ?」
蒼のお父さんがツッコむ。
「可愛いでしょ!」
自慢する、息子。
「……」
何も言えない私。
蒼のお父さんは大きく咳ばらいをすると、蒼に向き直る。蒼の背筋が伸びた。
「どういうつもりだ? お見合いの場に恋人を連れてきて」
「……。僕はさーやと結婚するつもりです」
「え!?」
「ちょっとさーや! 静かにしてて」
「だって……」
「そちらの方と話し合ったんじゃないのか?」
「同意の上です」
知らない! その話知らないから!! 勝手に決めんな!!!
「失礼ですが……そちらの方は何を?」
「事務をしています」
「……。事務……ね?」
「……」




