ワン 3
あまりの美味しさに、蒼にされた行動を忘れ、素直にお礼が口から出た。私の笑顔を見た蒼は、こっちを凝視する。すぐに顔を戻した私は、何事もなかったかのように食事を続けた。
「……もう一回笑って」
「嫌だ」
「もう一回!」
「やだってば!」
「ねぇ、お願い!」
「しない!」
「……写真に収めたかった」
「……早くしないと冷めちゃうよ」
ちょくちょく変態発言が入る蒼と、割と楽しく鉄板焼きを平らげた。
のりがあったので、食後に鏡を使って歯を確認する。
そんな私を、蒼はにこにことしながら眺めていた。
「かわいいね」
「のりの確認してただけじゃん」
「かわいい」
「……蒼、のりついてるよ」
「え、嘘……舐めて?」
「舐めるか! アホ」
私の腕に巻き付いて舐めて、舐めてと言い始めた。
「嘘だよ」
「ああ! 騙された…さーやに舐めてもらえるチャンスが」
そんなチャンスはありません!
あからさまに落ち込んだ様子の蒼。次の瞬間、ビビっと何かが頭に浮かんだのかバっと顔を上げて私の目を見てきた。
「今何時!?」
この後なにか予定でもあるのかな。そう思い、私は鞄からスマートフォンを取り出して時間を確認する。
「二十二時三分。急ぎの用……あ!」
突然、スマートフォンが宙に浮く。奪っていった当事者は嬉しそうににやにやしていた。
自分のもとに引き寄せると操作をしだす。けど。
「ロックかかってる! 教えて!」
「教えるわけないでしょ! 返して!」
「いーやーだ! さーやの連絡先教えてもらうんだ」
「勝手にやっておいて何言ってるの!?」
「教えて! おーしーえーて!」
ぎゃあぎゃあ騒ぎ出した蒼。店内に残ってる他の人の迷惑になると私は焦り出す。
「さーや! さーやのバカ!」
「バカって言った!? せっかく教えようとしたのに」
「え。ごめんなさい……」
しゅん、と落ち込んでいる蒼。その隙に、手からスマートフォンを奪い返して連絡先を表示させた。
「さーや……」
今にも泣きだしそうな顔をして、じっとこちらを見る蒼。
「さーや……」
声まで震えだした。
「はい」
顔の前に出して、連絡先を見せてあげた。パアァと表情を明るくして、自分のスマートフォンに入力を始める。
すごい勢い。餌に食らいつく動物みたい。
「さーや!」
余程嬉しかったのか、ガバっと抱き着いてくる。私の目には架空の尻尾が激しく振られているようにみえる。でも、触れている体は意外とたくましい。
「あー…はいはい」
背中をポンポンと適当に叩くと、周りのお客さんや店員さんが冷やかしの目で見てくる。そして、酔っ払いがヒューヒューと騒ぎ立てた。
バっと蒼を離す。蒼は離された理由が分からないのか、きょとんとした顔をした。
「オシマイ」
「やだーもっとぉ!」
「なんでよ!」
「くっつきたい~」
「離れろ!」
攻防が繰り広げられる。抱き着こうとする、蒼。引き離そうとする、私。どちらも負けていない。
「オジョーチャン、抱きしめられちゃいなよ」
知らないおじさんが囃し立てる。黙ってろ!
「君は酔っぱらってないでしょ!?」
「蒼って呼んで!」
「……蒼は酔っぱらってないでしょ?」
「酔っぱらってたら抱き着いていいの!?」
違うんだよ。そうじゃないんだよ。変態には伝わらないのか? 変態には変態語か何か必要なのかな!?
「じゃあ、今からでも酔っぱら……」
「ああ、こんな時間! お店も閉店するし、もう帰りましょうね!!」
視線を宙へと泳がせたところで体を引き剝がし、お店の出口へと急いだ。気づいた蒼も追ってくる。
「さーや!」
「……」
「さーやってば!」
スタスタと来た道を帰る。コツコツと鳴るヒールに被さるように、バタバタとした足音が聞こえてくる。
外は涼しかった。風が心地よい。先ほどまで感じていた熱気が落ち着いていく。
「さーや!」
追いついた蒼は、私の腕にしがみついた。重い。そして、熱い。
「逃げないでよ。そんなにハグされるの嫌なの?」
「嫌です」
「なんで! 僕はさーやに触りたいよ?」
だから、なんで自分が触りたいからって私も触りたいと思っていると思えるんだろうか! 自己中心的なのかな!?
「……あのね、蒼」
「ん? なぁに、さーや」
上目遣いで心の底から嬉しそうにしている蒼に言いたいことが言えず。私も甘い。
「……なんでもない」
「ねぇ! 今のバカップルが名前呼び合って、名前呼んだだけ〜ってやつ!? そうなの? さーや、それやりたかったの!?」
あああああ。たちが悪い。分からない。扱い方が。ドっと疲れた。
満面の笑みを浮かべながら話しかけてくる蒼を適当にあしらいながら、帰宅した。
ようやく自分の家のドアの前まで戻る。解放されることに安堵しながら別れの言葉を言う。
「じゃあ、さようなら!」
「あー! もう会わない気でいるでしょう! だんだんさーやのこと分かって来たよ?」
「……う……」
ぷんぷん怒り出した蒼。頬をぷくっと膨らましている。
「困ったことあったらいつでも連絡してね! 困らなくても連絡していーよ!」
「……おやすみなさい」
「おやすみ~!」
蒼は、私が扉を閉める瞬間まで笑顔で手を振っていた。
あっさり帰れてよかった。部屋の中に入り、ソファに倒れこむ。
ぴろんとスマートフォンが鳴ったので、見てみると。
「好きです。夢で食べちゃいますね」
蒼からメッセージが入っていた。




