ワン 30
私を連れだした男を睨みつける。カズヤは思い通りに事が進んだからか、これからのことに楽しみがあるのか、喜んでいた。
許すまじ……! カズヤはそれでいいかもしれないけど、私は地獄へと進んでいる。だって、この先に待っているのは蒼で、内容は別れ話だから。
行かないつもりだったのに! 行くつもりなかったのに! こんちくしょう!!
脳内検索 蒼と別れないでいられる方法
脳内結果 逃げる
逃げよう! 引き延ばしにしかならないかもしれないけどそれでも私は蒼と別れたくない!
「あのう……」
「んー?」
もじもじと恥ずかしさを感じさせる表情をする。目を泳がせながら、小さめな声量で言った。
「トイレ……行きたいです……」
トイレに行きたいと言えば、どこかに下ろしてくれてその隙に逃げられる。運転手もカズヤも男だからついてこない隙に!
「トイレか~……我慢して!」
「なんでよ!!」
「だって……逃げられたら困るし」
ギク!
「今日行きたくないって言ったんだって? だったら逃げる可能性もあるよね?」
ギクギク!
「で……でも……漏れちゃうかも」
「……あーじゃあ蒼に車の弁償させるか」
漏らさせる気でいる!! なんて男だ!!!
「あっ……急に胸が苦しい……! 病院に……」
「喋れてるから大丈夫」
くっ…! カズヤとくだらない攻防をしていたら車が止まった。そびえ立つのは高層ビルで、車の窓からじゃ全体が見えない。
運転手とカズヤが降りる。カズヤは後部座席のドアを開け、私の腕を掴んだ。
首が痛くなるほどの高さ。この辺りの建物の中で一番大きく、清掃が行き届いていて輝いていた。ここは私でも知っている。あの有名な村上ホールディングスだ。
「行くよ~」
「待って!」
「待たない」
「どうして村上ホールディングスに?」
「秘密」
「私がどうなってもいいの?」
「それが沙彩ちゃんの決めた道でしょ?」
「……決めた道?」
「選択肢があって答えを選んできた結果が今でしょ? 受け止めなよ」
「……でも。私は蒼のこと……!」
「時間がない」
「え……ぎゃあぁぁ!!」
俵担ぎをされて視界が反転する。髪の毛が重力により逆さになる。お尻を腕でホールドされた。
「……。沙彩ちゃん、意外とお尻デカいね」
「うるさーい! 黙りなさい!!」
自動ドアから建物の中に入る。光があちこちに反射するほど綺麗なフロントの真ん中をずかずかとカズヤは歩いた。カードをかざし、奥に進むと警備員が近づいてくる。
「あ、こいつ俺の連れだから」
「分かりました。お気をつけて」
何台もあるエレベーターの上ボタンを押す。少し待つと軽快な音で着いたことを知らせた。
「よっと!」
私の足や頭がぶつからないように配慮してくれる。その配慮、私をここから逃がす方向に使ってはくれないか!?
ぐーんと上がっていく階。何十個もある階数にどれだけ高いんだよと思ったけど、目的地も高いようでなかなか止まらない。カズヤ……私を持っているが重くないのかな? と心配になる長さだった。
扉が開き、道が現れる。コツコツさせながら歩くカズヤは、茶色の扉の前で私を下ろした。そろそろ頭に上った血が限界だったから助かった。髪の毛を整え、袖を伸ばす。
カズヤはノックしてから私をその中に押し込んだ。ツン、と転びそうになったがなんとか耐え、扉が閉まる。部屋の奥へと目を向けると、社長が座るような高級そうな黒い椅子に誰かが座っていた。それがクルっと百八十度回転すると見覚えのある顔がそこにあった。
「待ってたよ」
だけど、雰囲気が違った。グレーのスーツにネイビーのネクタイで知的な印象を与えられる。髪はふんわりと左右にまとめられていた。今までのかわいいイメージはない。
「…………蒼」
「寝巻姿もかわいいね、さーや」
「……えっと……」
こんな場所で、目の前には蒼だけど知らない蒼がいて、その蒼は別れ話をしようとしていて。
わざわざ別れ話のためにそこまでする!? そういう性癖!?
「ようこそ、僕の会社へ」
「僕の……会社?」
「近い将来にね」
「……えーっと?」
にこにこと嬉しそうに笑っている蒼に対して戸惑う。状況が飲み込めない。
「ようやく仕事が片付いたんだ~! だから今日はさーやに絶対来てもらいたかったんだ」
「……え?」
「紹介したい人がいるんだ! 僕のお父さん。ここの社長」
「……お父さん……」
待て待て待て! どういうこと? どういう状況!? なに!? 全然分からないんだけど! というか全然噛み合ってないんだけど!!




