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ワン 2

「…………蒼」


 名前を呼ぶと、分かりやすく肩をビクつかせた。ゆっくり顔を上げた蒼の顔は、真っ赤だった。


 え、そんなに? 名前呼んだだけだよ?


「わー! 破壊力がすごい! ドキドキが止まらないっ!」


 顔が熱くなったのか、片手でパタパタし始めた蒼。その様子を眺めていて思った。嫌われていないだけ、悪くないかもしれないと。


 距離感はバグっているけど、そんなに悪い人ではないのかもしれないと。


「手を離して」

「嫌だ。離したくない」


 訂正! やっぱり扱いにくい。面倒な人かもしれない。


―――…


「大学生で二十歳なんですね」


 明るくて人が賑わっている店内で料理を待っている時だった。蒼は私の見立て通り、学生と判明した。三歳差だ。


 私の正面に座っている蒼は、私の返答を聞いてしかめっ面になった。何か気に障るようなことをしたかなと心配になる。


 相手の提案を受け入れてここまで来たんだから、機嫌を損ねるようなことをしたらダメじゃないか。私のバカ!


「……大学生と分かってなんで敬語?」


 あ。敬語が気になったらしい。


 距離を保つための敬語。私の防壁。せめてもの抵抗だった。


「あーっと。人を年齢で見てないんですよ! 年下でも敬語使ってます!」

「ふーん。気に入らない。やり直し」

「な……にを……?」

「言い直して! さっきのやつ!」


 なんという強引さだろう。人が敬語を使っていると言っているのに自分は敬語を使わないから合わせろという。


 ゴーイングマイウェイか!


「話聞いてくれました? 敬語は年下でも使っていて……」

「なんで! 僕がいいって言ってんだからいいじゃん。僕だけ特別ってことでお願い!」

「お願いって……」


 大きな瞳にうるうる涙を滲ませ訴えてくる蒼。そんな目で見られたら逆らえないではないか!


 …っていうのも多分分かってやっているんだろうな。そんな気がしてきた。


「なんかすごく距離を感じるから敬語やめて! 僕はさーやともっと近づきたい」


 君が感じていることは間違いではないよ、とは言えなかった。


「う……ん……」

「分かった。さーやはまだ分かってないからだよね」

「……何が?」

「僕がさーやのどこに一目惚れをしたのか」

「……」

「いい? よく聞いて」


 グッと身を乗り出してくる。パーマのかかった彼の前髪が私の頭にちょんと乗っかった。


 店内のおいしそうな匂いに混じり、甘い香りが強まる。


「まず、さーやの色白さ! くすみのない真っ白な透明感ある肌よ。出来物一つないしツルツルピカピカ」

「……」

「触れたくなるような……綺麗さ」


 彼の右手が私の頬に近づいてくる。気配を感じてすかさずその手を阻止する。


「何をする気かな?」

「“まだ”手は出してないのに!」

「……」


 『まだ』? これから出す気なのか?


 それに、何さりげなく触ろうとしてるんだこの人。油断も隙もないな!


「まぁ、さーやから手を握ってもらえたしいいか」

「あ」


 阻止した手を見てみると、私から手を握ったみたいになっている! なんてことだ!!


 なし! 今のなし!!



 するりと手を離そうと、力を抜いたのに逆に強めに手を絡み取られた。次の瞬間には恋人つなぎにさせられる。


「ちょっ……!」

「髪の毛も艶々のサラサラだし、黒髪で清楚感たっぷり」


 くんくんと前髪を嗅がれて、身を引くも時すでに遅く。


「いい匂いだね」

「勝手に……」

「あと正直な瞳も好き。今、困ってるでしょ?」

「分かってるなら……」

「もっといろんな表情が見たい」

「……」

「目だけじゃない。高い鼻も可愛い小さい唇も……好き」


 私に影が落ちる。甘い香りでいっぱいになる。顔を傾けた彼が、近い距離でぼやけて映った。


 しまっ……


「お待たせいたしました! 鉄板焼きです!!」


 じゅうじゅう音を立てながら、美味しそうな匂いを漂わせている。濃厚なソースやのり、かつおぶしがいいアクセントになっていた。


 私と蒼を引き離すように置かれる鉄板焼き。ナイス鉄板焼き! ナイス店員さん!!


 チップあげましょうか!? おいくら必要ですか!?


「…………ちぇ」


 悔しそうにしている蒼。初対面なうえに、こんなところでキスしようと思っていることが驚きなんだが。


 発情しているのか!? 変態なのか貴様!


 目の前の色とりどりの野菜やお肉がいい火加減で焼かれていて、はやく食べないのかと誘っているよう。


 蒼はというと、拗ねているようにも見える。


「食べましょ!」

「……嬉しそうだね」

「ええ。鉄板焼き美味しそう!」

「いやそっちじゃなくて……」


 項垂うなだれる蒼を放っといて、私はお箸を手に持った。いただきます、とつぶやくと蒼も慌てて私に続いた。


 熱々のほかほか。肉汁が野菜にしみて尚美味しい!


「美味しい!」

「……でしょ!」

「このソースも味が深くて美味しいね」

「この店の自慢らしいよ」

「そうなんだ! 連れてきてくれてありがとう」

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