ワン 19
私をどかして、リカが蒼の腕に抱き着く。巨乳攻撃! ぱふっ。
変態な蒼は、この状況を喜んでるんじゃないか? 惜しみなく出されている谷間に虜なんじゃないか!?
「……いや、さーやに食べさせてもらうからいい」
胸元を見ることなく、そっと腕の拘束を解いた蒼は素っ気なく言う。
「……早くしないとなくなっちゃうよ?」
「だって! さーや!! 早く!!!」
「だー! もううるさい!!」
騒ぐ蒼の対応に必死だったが、リカからは冷気が流れてくる。エリは「ヒィ!」と声を上げた。
蒼はリカの想いに気づいてないのだろうか。もしかして鈍い?
「あー! うんめぇ!!」
女のバトルが繰り広げられている中、カズヤはどんどんビールや強めのお酒を飲み干していく。缶を投げ出すと、立ち上がりソファの裏を通って私の方までやってきた。
「沙彩ちゃん、一緒に飲もうよ!」
「あーっと……」
「かわいいね! 芸能人いけんじゃね?」
私の腰に手を回してグッと引き寄せる。蒼とは違う感覚。違う匂い。
「カズヤ! 何やってるの!?」
絡まれた私に気が付いた蒼は、カズヤを引き離しにかかる。カズヤはそんな蒼をソファへ突き飛ばし纏わりついてくる。
「沙彩ちゃん~。いい匂いするね? なんか香水つけてる?」
「つけてないです」
「ねぇ、蒼! 望月教授の講義でさ……」
「そうなの~? じゃあシャンプーとかの匂いかな?」
「おい。さーやに手ぇ出すな」
私の髪の毛に手が伸びていたカズヤの手を掴んだ蒼。場の空気が凍る。すごく怒っている。
「なんだよ。話してるだけじゃん。過剰すぎ」
「さーやはお前のためにいるんじゃない」
「蒼のためにいるわけ?」
「そうだよ? 呼んだのは“俺”だ」
「沙彩ちゃんをモノにできてないくせに偉そうだな」
「うるさい。さーやは渡さない!」
「……バカみたい!」
「リカちゃん!」
カズヤと蒼の一触即発な雰囲気にリカが割入る。
「さーやさーや、うるさいのはあんただから」
「……なにが言いたい?」
「この人おばさんじゃん! この人のどこがいいわけ!? こんな……」
飾られていたフォトフレームを掴んで大きく持ち上げる。
「こんな写真まで大事そうにしちゃって!」
そのまま床に叩きつけるかのように腕を振った。
「リカ!!」
蒼が止めに入る。簡単に動きを止められたリカから、蒼が写真立てを奪う。最悪な事態は避けられたようだ。
「……あたしでいいじゃん」
「……」
「そんなおばさんよりあたしの方が何倍もかわいいし、何倍も綺麗だし! 胸あるし! 若いし! 蒼の望みもかなえてあげる!!」
「……」
「あたしの方が蒼を幸せにできる!!!」
確かに。言えてる。何も言い返すことはない。異論はない。
「リカ、いい加減に……」
「一度目を覚ませばいい! あたしが覚まさせてあげる!!」
拳を作り蒼目がけて動かす。蒼が殴られる! そう思った時だった。
拳を作った手は頬ではなく、胸倉を掴み引き寄せる。流れに従うしかない蒼の体はリカに近づき、やがてリカの唇と蒼の唇が接触した。
無音の時間が流れる。誰もこの状況に言葉が出なかった。
リカと蒼の体が離れる。リカはその場を後にした。その背中を追いかけるエリ。
「……」
「……」
「……」
私も立ち上がった。背を向けて玄関へと向かう。
「……さーや!」
蒼の声が聞こえてきたけど無視した。そんな気分じゃない。早くこの場から立ち去りたかった。
でも、意味がなかった。だって、蒼の部屋から離れても、時計の針が進んでも、何かに集中しようとしても蒼とリカのキスシーンは私の脳裏にこびり付いたままだったから。
―――…
「さーや……話したいことがある」
蒼から電話がかかってきたのは、その次の日のことだった。何度も寝る姿勢を変えても眠りにつけず、私はボーっとしてぐちゃぐちゃしている頭で蒼の声を聞いていた。
なんか胃もムカムカする。とにかく調子が悪い。
「私は何もないよ」
「僕があるんだってば」
「体調悪いからまた今度にしてくれない?」
「……分かった」
あっさり引き下がった。いつもみたいに少しは粘ればいいのに。なんでそんな簡単に諦めるの? キスされて気持ちが移った? だから話したいの?
あ~もう! モヤモヤする! そんな自分にイライラする!!
ダメだ、このままでは。外! 外出よう!!
冷えた空気に耐えられるようにたくさん着込む。肌が出ているところがないように防寒した。そうはいっても防御できない顔は風で冷たい。鼻先が冷たくなっているのが感覚で分かった。




