ワン 13
私は傘を投げ出し、びしょびしょに濡れているその体に駆け寄る。呼吸はしているようだったが、震えている。
「どうしよう……」
とりあえず家まで運ばないと。私は蒼の腕を自分の肩に回し、立ち上がる。人の体重は想像以上に重くてヒールでよろけそうになったが、なんとか引きずりながら家の前まで来た。
蒼の部屋の前まで来ると、蒼が薄く目を開ける。私を見た後にぐるっと周りを見渡していた。
「僕ん家……」
「蒼、鍵ある?」
「鍵……なくした」
「え!? どこで!?」
「分からない。さーやのことで頭いっぱいだったから」
「……」
そんなに私のことが好きなの?
私が遼にキスしたことで蒼が自分を忘れるほど、自分のことどうでもよくなるほど、こんなにびしょ濡れになって震えて私の帰りを待ってるほど??
どこがいいの? 私、そんなに思ってもらえるほどいい女じゃないよ?
「……私の部屋に行くよ」
「…………うん」
鍵を開けて、そのまま蒼をお風呂へ突っ込んだ。冷えた体を温めてもらわないと。男物の服はないから外出して買ってきた。
濡れた服は洗濯した方がいいかなと思い、持ち上げると鍵が出てきた。また、部屋に上がるために嘘つかれたのかなと思ったけど、そのまま服を洗濯機へ入れた。
蒼が出てくるのを確認するとマグカップに温かいココアを入れた。
「飲んだら帰って」
ふわふわの髪が復活した蒼。血色もよくなり、ちゃんと温まれたようだ。
買ってきた服は蒼には小さかったらしく、袖が届いていなかった。まぁ一度しか着ないからいいだろう。
「さーや……」
マグカップを両手で持ったまま、大きな瞳から涙を零した。ギョっとした私はティッシュを渡してあげる。マグカップを離せばいいものの離さないから拭けないでいると、ティッシュで涙を拭ってあげた。
「さーや……めちゃくちゃ好き」
ふわふわの頭に手を乗せる。何度かぽんぽんと弾むようにすると、嬉しそうに顔を緩めた。どうやら私はめちゃくちゃ好かれているらしい。
「ん」
蒼はマグカップをテーブルに置くと、瞼を閉じて顔を突き出すようにした。
「……」
「ちゅー待ち中」
「しないから」
「なんで! 元カレとはしたくせに!!」
「あれは……そういうキスじゃなくて」
「キスはキスじゃん!!」
「……そうなんだけど」
「なら、僕としてもいいよね?」
「それは違う」
「なんでよ!!」
蒼が飛びかかってくるような体勢になったため、私に覆いかぶさるようになった。体重がかかったものだからそのまま床に押し倒される。上に乗る蒼のせいで、私は光を遮断された。
「……」
「……」
無言で見つめる。蒼の目が徐々に熱を帯びてくるのが私からも分かった。
影が深くなる。二人の距離が埋まっていく。
「あっ……!」
止めようと思ったが、間に合わなかった。蒼の柔らかい唇は私の耳を食べていた。キスを落としたり挟むようにしたり舐めたり突っ込んだり。途中、漏れる蒼の色っぽい吐息に背中がゾクッとした。
「んんっ……蒼っ……」
押し返そうとして肩を押すも、両手を片手でまとめ上げられ床に縫い付けられた。足で抵抗しようと膝を上げるとその隙に足を割られ、蒼の足の侵入を許した。
やばい……この体勢はやばい。蒼の思い通りに事が進んでしまっている。
「さーや……」
抵抗する術を考えるも消えていく。両手に片足を塞がれてはできることも少ない。
……蹴るか? 男の大事な部分を蹴るか!? 右足は蹴れる場所にある。蹴ることはできる。
「さーや……っ」
耳から首筋に唇が下りてくる。肌質を確かめるようにゆっくり押し付けたり、音を鳴らしながらキスをしたり。
「……さーやと同じ匂いがする」
そりゃあ、同じシャンプーやコンディショナー、ボディソープを使ったからだ。
「もう我慢できない」
ワイシャツのボタンに手を掛ける蒼。片手で器用にボタンを外していった。
「ちょっと待っ「待たない」」
キャミソールが露わになってしまう。谷間にキスされる。お臍から上がってくる手に危機感がMAXになり、右足を動かした。相手の痛みを想像して躊躇なんてしている場合じゃなかった!
動きに気付いた蒼は回避する。その拍子にテーブルへぶつかり、乗っかっていたマグカップが零れた。ココアの中身がテーブルの上を滑り、床に着地する。茶色い染みが広がっていった。
「わっ!!」
解放された瞬間に上体を起こし、ボタンを留める。蒼はティッシュでココアを拭きとっていた。
「ごめん……さーや」
あなたが謝るべきことはココアのことだけかな!? よく考えてみるんだな!!
「……」
眉毛を下げている変態男を睨みつける。よくも抑え込んで襲ってくれたな!
「……ん?」
拭き終えた蒼が私の視線に気づく。床に座り込む私の前にしゃがむと肩を掴んだ。
「さ、続きしよ……?」
「するかボケ!!!」
頭突きをする。ゴンと言う鈍い響きがしたしダメージが私の方までダイレクトに届いたが、相手を仕留められた。
「っっっ……!」
頭を抑える蒼に満足した私は、マグカップを台所までもっていった。痛みに耐えてる変態野郎をその後追い出したのは言うまでもない。
―――…
私は後悔している。なぜ、蒼からの電話に出てしまったのだろうかと。反射的に出てしまった。蒼だから、というわけではない。会社で電話はすぐ取るように言われているからだと思う。
「さーや! デートしよう!!」
テノールの明るく元気な声色が聞こえてくる。一瞬、顔を顰めた私。
「……しない」
「この前のお礼で! 服買ってくれたりお風呂貸してくれたりしたじゃん!!」
「いらない」
「さーやがデートしてくれないなら雨の度にずぶ濡れになろうかな」
「……またそうやって……」
「いいでしょ……? お願い……!」
甘えるような声。そうやって私に断る選択肢を与えないんだ。蒼は。
「……襲われたことに関しての謝罪がまだなんですけど」
「さーやも気持ちよさそうだったじゃん」
「あ?」




