ワン 11
おしゃれな外観のお店に着き、ガラス製の重い扉を開けるとチリンチリンと鈴の音が鳴った。中からパタパタと店員さんが出てきて席へ案内される。点々とお客さんがいて、混む前なのかもしれない。
席に着くと、お冷とメニューが出される。それぞれ食べたいものを頼んだ。
BGMがジャズで、雰囲気が出ていて好きだった。店の壁にはお勧めの商品の宣伝されている。
「いい感じのお店だね」
「結構有名なお店だよ。沙彩は初めて?」
「初めて」
「初体験もらっちゃったわ」
「あげちゃったわ」
くだらないことを話していると商品が運ばれてきた。私は和風キノコパスタ、未希はデミグラスハンバーグセット。
和風キノコパスタは何種類かのキノコが乗っていて、出汁がきいた醤油が麺に絡まっていて美味しかった。
未希の方はじゅうじゅうと鉄板が音を立てていてデミグラスソースのいい香りが漂う。ハンバーグを切ろうと押さえると肉汁が溢れ出した。
「美味しそう」
「未希、冷めないうちに食べないと」
「分かってるって」
未希がハンバーグの欠片を口に入れる。すると、目を輝かせ無言で何度も頷いた。かなり美味しいらしい。もうその表情で分かる。
クールな未希がこんなに目を輝かせることは滅多にない。目の前の御馳走に夢中で食らいついた。
食後のコーヒー。味わいながら胃へと送っていたさっきとは打って変わって、まったりしていた。
逆に、店内はどんどんお客さんで埋まっていく。忙しなく店員さんは動いていた。
「ところで、未希は最近何かないの?」
「特にないかな」
「仕事も順調?」
「まぁそれなりに」
「そっか……」
私ばかり相談に乗ってもらっててなんか悪いなって感じてしまっていたから聞いた質問だった。未希は私の力になってくれるのに、私は未希の力になれない。なんか悔しい。
「さっきのこともあるし、私ここ奢るよ」
「さっき? なんかあったっけ?」
「蒼に襲われてたところを未希が助けてくれたじゃん」
「あー別にいいのに」
「ほんと助かったので奢らせてください」
「そう? サンキュー」
未希は、カップを手に持ちながら揺らして中をかき混ぜてた。ブラックだからかき混ぜるものもないのにね。冷やしているのかな。
「……沙彩さ」
「ん?」
スプーンでかき混ぜていた手を止めた。バサッとした睫が上がり、大きな黒目が私を見る。
「重いってことは、本気ってことじゃないの?」
その言葉ですぐ蒼のことだと分かった。
「うーん……」
「いいの? このままで」
「……彼は一目惚れだから」
「……」
「私の内面は、ほとんど知らないんだよ」
「……」
「本当の私を知ったら去っていく」
「……」
本当の私は人に好かれるような人間じゃない。もう恋で傷つきたくなくて自分を守ってるような未熟者なんだ。恐怖や不安を隠して生きている臆病者なんだ。
「見飽きたら去っていく」
例え、本当の私がバレなかったとしても、一目惚れの彼は見飽きたらいつかいなくなるだろう。
「……不安なんだ?」
「私には恋をする勇気はないよ」
「遼は違かったと?」
「違かった」
「……なんで別れたの?」
「就活やら就職やらで時間なくなっちゃって」
「遼のこと、本当にもう好きじゃないの?」
「あれ? 樋口? ……と沙彩?」
「遼!!」
手にハンカチを持って、私と未希を見下ろす遼がそこにいた。相変わらずの茶髪の短髪、そしてスーツ姿で、ワイシャツの袖は捲られていて第二ボタンまで空いている。
懐かしいのになんだか違和感があるのは、時間が経過したからであろう。
「遼!! 久しぶり!!」
「おう。樋口と食事に来たのか」
「そうなの! ……あ、連絡返せなくてごめんね。実は……」
「消された!? ……まぁしょうがないな。ほら携帯貸せよ」
「うん」
嬉しい。こんなところで会えるなんて。神様って本当にいるのかもしれないなんて思わせてくれる。
これがまさに“運命”なのか? とそんな二文字が頭をよぎる。
スマートフォンを遼に預ける。すぐに連絡先は元通りになった。
よかった……もう遼と連絡取れないかと思った。もし連絡とれなかったら、私のこれからの人生の半分は楽しめなかったんかもしれない。それほどの力が遼にはあった。
「遼は仕事帰り?」
「そう。仕事の人と来てて……」
「女?」
未希が割り込んで、ぶっこんだ質問をする。遼はぎょっとした顔をしたがすぐに切り替える。
「何言ってんだよ。男だよ」
「よかったね~沙彩」
「ちょっと未希! アルコール飲んでないでしょ!? 何酔ってんの!?」
「……どーいうこと?」
「なんでもないから! なんでもないの、遼!!」
「沙彩なんて遼とくっつけばいいのよ!」
「未希!!」
食べた後でも消えていない、口紅で綺麗に塗られている口を封じる。
「ん~!!」
ついでに鼻の穴も封じてやろうか!?
「……遼! 私たちもう帰るね!」
「……そう? 気をつけて帰るんだぞ」
「うん、遼もね」
「また連絡するから」
「りょーかい!」
―――…
今日は、仕事後に遼からお酒でもどうかと誘いが来ていた。定時に仕事を終えた私は、素早くパソコンをシャットダウンして帰りの支度をした。
「彼氏と約束でもあるの?」
同僚が、私の様子を見て話しかけてくる。興味津々と言う顔で口元は緩んでいた。私は苦笑いしつつ、席を立ちあがる。
「そんなんじゃないですよ」
お先に失礼いたします、と一声かけて退出した。更衣室まで急いで行き、鞄を取ると駅へと足を急ぐ。
遼と約束しているお店はバーで、隠れ家的空間なんだと聞いた。コツコツとヒールを鳴らす。仕事後で疲れてはいたが、足取りは軽かった。
スーツやオフィスカジュアルを身に着けた人たちが行き交う。見上げると空は雲で覆われていた。
大通りから外れ、狭い路地を進むと現れたバー。レトロな雰囲気で居心地がよさそうだった。
木材で出来ているドアを引けば、暗めに設定されている明かりに包まれる。ゆったりしたBGMが流れていて時間はゆっくり進んでいる気がした。
「いらっしゃいませ」
カウンターで制服を着た若めの男性が言う。手にはボトルが握られ、これからお酒を作るところなんだと思う。
私は小さくお辞儀をしてから、辺りを見渡した。一人で飲んでいる人もいればカップルで飲んでいる人もいる。頭に浮かべている人物は……と。
「沙彩」
こちらが見つける前に見つかってしまった。この間とは違い、ちゃんとジャケットとネクタイをしている遼が手を上げていた。
遼のいるテーブルへ足早に向かう。テーブルの上にはなにも置かれていなかった。
「先に頼んでてもよかったのに」
「いいんだよ。沙彩と一緒に飲みたかったんだから」




