みっちゃん
私の1番の友達。名前はみっちゃん。
女の子の名前みたいでしょ?
でもね、みっちゃんは、おじさんなんだよ。
家から歩いて10分のところにある駅。その線路の下の、トンネルになってる所にみっちゃんのお家がある。
青いシートで出来たお家は秘密基地みたいで、私はその小さなお家が大好きだった。
みっちゃんにそう言うと、そうかぁと苦笑いされちゃった。私が子供っぽいことを言ったからかな?
私は、みっちゃんが大好き。他の同い年の子たちの誰よりも仲良しなの。会う度学校のことや、塾のこと。ママやパパのこととか、色んなことをお話しするから。
いつも、私はお菓子を用意して、みっちゃんはジュースを用意する。それがみっちゃんと会う時に準備するもの。
ママには友達と食べるから、っていつも言ってお菓子用のお小遣いを貰ってる。でも、嘘じゃないからね。みっちゃんは大きな友達だもの。
でも、みっちゃんはあんまり自分のことを話してくれない。
教えてくれたのは名前と、お家の場所くらい。家族のこととかを聞いても「面白いお話じゃないから」と教えてくれない。
そこが、ちょっと不満。
でも、秘密にしたいことって、誰でもあるよね。私もみっちゃんに教えていないことは沢山ある。最近ちょっと体重を気にしてることとか、そう言うこと。
パパやママ、他のお友達にみっちゃんのことは教えてない。それがみっちゃんとの約束だから。
それが、私が今持っている中で1番の秘密。
私には学校に行きたくない時期があった。行こうとするとお腹が痛くなって、動けなっくなっちゃうくらい。
その日も学校に行きたくなくて、でもママに心配をかけたくなかったから無理にお家を出た。
遅れて行ったから、一緒に登校する子たちはもう先に行ってしまっていて、私は急いで近道の公園を通り抜けようとした。
そんな時に、お腹が痛くなってしまった。
公園の真ん中で動けなくなって、でも周りに誰も知ってる人もいなかったから、1人お腹を抱えてうずくまっていた。
色んな人が遠くや近くを通り過ぎて行った。みんな私を見てるような、そうでもないような様子でさっさと遠ざかってしまう。
そんな中でたった1人、私に「大丈夫?」と声をかけてくれたのがみっちゃんだった。
パパとおじいちゃんの中間くらいのおじさんで、丸っこい体を曲げて私を心配そうに覗き込んでいた。
私は「お腹が…」と小さく言った。だって知らない人とお話ししちゃダメって、普段ならママに言われてたから。
「とりあえず、ベンチに行こうか」とみっちゃんは私の背中をさすりながらベンチまで連れてってくれた。
公園のベンチで私とみっちゃん。何も言わずに、お腹が痛くなくなるのを待ってた。
お腹の痛みが引いてきた頃、「何か飲みたいものある?」とみっちゃんが訊いてくれた。私は「知らない人から、ものをもらっちゃダメだから…」と断ろうとした。
「じゃあこうしよう」とみっちゃんはベンチに200円を置いた。「おじさんはここに落としものをしていく、返さなくていい落としものだ。これで好きなものを買うんだ」
いいね、と言って行こうとしたみっちゃんを、私は急いで呼び止めた。このままだともう二度と会えなくなりそうだったから「また痛くなってきた」と嘘をついた。
「それは良くない」とみっちゃんは浮かせた腰を下ろしてくれた。「よく痛くなるのかい?」
「学校に行こうとすると…」って私はちょっとドキドキしながら言った。誰にもこんなこと言ったことがなかったのに、知らないおじさんに話してしまったから。
みっちゃんはそんな私に「じゃあ、何かお話をして気でも紛らわそう」と言ってくれた。
それが、みっちゃんとの出会いだった。
急にパパとママに呼び出された時、学校の宿題を忘れたのかな?ってドキドキした。でも、2人の言葉はそれ以上に私の胸の辺りをぎゅっとさせた。
「もう、みっちゃんって人に会っちゃだめ」
「どうして?友達なのに…」
「だって…」ママが何も言えないでいると、パパが続けた「みっちゃんは引越ししちゃうんだ」
嘘だ。
みっちゃんとは何だって話すんだ。もし引越しするなんて大切なことがあったら、友達の私に言わないはずがない。
「じゃあ、お別れ言いに行っていい?」そうすれば、みっちゃんに嘘か本当か、確認できると思った。
「お引越しの準備で忙しそうだったから、邪魔したらダメだよ」パパはあまり私の顔を見ずに言った。
私はみっちゃんとの秘密がバレてしまったこと。その上、もうみっちゃんに会えないことが悲しくて、我慢できずに大声で泣いた。
パパもママも、私をなぐさめてはくれなかった。