最期に貴女に会えて本当に良かった
私は誰もいない暗い夜道をひとり歩いていた。ある場所を目指して……。
「着いた……」
たどり着いたのは海に面した崖……。
ここに来た理由……それは、私の人生を終わらせるため……。
どうせ読まずに捨てられるだろうから遺書なんて書いていないし、身元を特定する物も持ってきていない。
いや、正しくは家にあった私の持ち物は全て処分した。もうあの家には私の存在を証明する物は何も無いと言ってもいい。
後は私がいなくなって、親だった人間が書類を役所に提出すれば全てが終わる。
そう思うと、とても清々しい気分である。今日この時が私にとって人生最高の日だと確信できる。
この世とおさらばできる幸福に心躍らせながら、私は崖の淵を目指し再び歩き出したそんな時――。
ガサッ……。
「「あっ」」
突然、茂みから一人の女性が現れた。暗がりで姿が良く見えないが恐らく私と同じ高校生だと感じた。
お互い向かい合い気まずい空気が漂う中、雲の隙間から漏れる月明かりに照らされた彼女を見て私は……『恋』をした……。
そう、私はこのタイミングで一目惚れしたのだ。
まさか人生を終わらせる直前に恋を知ってしまうとは……私はなんと幸福な女だろうか。そう思わずにはいられなかった。
対する彼女も私の顔をジッと見つめて……。
「好き……」
彼女の口から漏れて聞こえたその言葉に私はさらに歓喜した。もしかしたら神は存在するのかも知れない。そう思うほどに……。
「嬉しい……。実は私も貴女のことを一目見て好きだと感じたの……」
この私の言葉を聞いた彼女はとても素敵な笑顔を私に向けながら、足早に私の近くまでやって来た。
「つまり相思相愛ってことよね? とても嬉しいわ。あっ、念のため聞くのだけれど、貴女も?」
やはり、彼女も私と同じ理由でここに来たようだ。
「うん……そうなの」
「やっぱり……ねぇ、少し話さない? どうせ、誰も来ないわ。最期に愛する人と話がしたいの。どうかしら?」
最期……今、彼女はそう言った。まだ、終わらせる気があるのだと私は安堵した。
だって、創作物なら両想いの2人は思い止まり引き返し、困難に立ち向かい幸せになるのだ。
実際問題、彼女が思い止まり私を説得する可能性だってあったが、それは無いと確信した。
もちろん、私はそんなことをするつもりは一切ない。
「いいよ、少し話そう。私も貴女のことが知りたい……」
私達は崖に向かいその淵に腰掛ける。彼女は足をぶらぶらと機嫌良さそうに動かしている。
そんな彼女の長い黒髪が風にたなびくと共に月明かりに照らされキラキラと輝いてとても美しい。
ああ、本当に、本当に愛おしくて堪らない。彼女のその細く美しい手に触れたい。
「ねぇ……手、繋いでも良いかな?」
「良いわ、繋ぎましょう」
私が彼女に手を差し出すと、彼女は私の手を優しく握った。柔らかくて暖かい……。私が絶対に手に入れることが出来ないと思っていた人の温かさを最期の最期で感じることが出来た。
「ふふっ、これで何があっても一緒に逝けるわね」
彼女は笑顔でそう口にした。
ああ、その笑顔もとても素敵……。
「そうだね。それで何を話そうか? 出来れば明るくなる前に全てを終らせたいの」
「ふふっ、そうね……。じゃあ、貴女がここに来るに至った理由が聞きたいわ」
私の……ね……。
「いいよ。貴女が聞きたいのなら教えてあげる。そうね、まずは……」
私は彼女に静かに話し始める。
私には1つ下の妹がいる。妹は優秀で何をやっても完璧にこなしてしまう。
そんな妹と比べて私は全てが中途半端な出来損ない。
妹の優秀さが知られる前までは、まともな扱いだったと記憶しているが、知られてからの私の扱いは最悪だった。
最初は私にも努力はするよう言ってきた。
だから私は親に褒めて貰いたい一心で努力はしたが、妹と比べられて仕舞えば私の努力なんて全くの無意味である。
その結果、出来損ないの烙印を押された私は親から見放された。
幸いと言って良いのか、必要最低限の事はしてくれていたが、口を開けば私に対する嫌味ばかりで食事も冷めた残り物だ。
それに旅行などは置いていかれ、誕生日なんてお察しである。
「鳶が鷹を産むって言葉があるでしょ? 私に言わせて貰えば親は鳶ですら無くて、どう足掻いても精々鳩よ。鳩から鳩が産まれるのは当たり前でしょ? それなのに運良く鷹を産んだだけでこの扱いよ。なにが、どうして貴女は妹のように出来ないの? っよ! そりゃあ貴女達の子どもだからでしょ!」
勘違いした愚かな親の話を彼女にしていたら、無性に腹が立ってきて少し大声になってしまった。
「ご、ごめん。大きな声だして……」
「気にしないでいいわ。そうよね、人間には得意不得意色々あるわ。それなのにその扱いは酷いわね。でも、それだけじゃないんでしょ? その程度なら成人したら家を出ていけばいい話よね? それにまだ貴女の妹の話を聞いていないわ」
妹……アレは無自覚に私のことを傷付けてくる恐ろしい奴だ。もし、自覚してやっているのであれば、悪魔にも等しい存在である。
小学生の時は良かったが問題は中学生になってからである。妹が入学する前までは平穏な学校生活だった。
妹が入学してその優秀さが周りに知られだしてからだ。私は学校でも比べられるようになった。それが始まり……。
家でも学校でも比べられる生活……私はそんな生活に飽々していた。だから私は妹に関わらないようにしようと行動していた。だがそれを妹は許さなかった。いくら避けてもやって来ては私に絡んでくる。絡んでくる理由はしょうもない事ばかり。
人間というのは優秀な人間に媚を売るために群がってくる醜い生き物だと私は思う。
媚を売りたいのに、その横には常に出来損ないがいるのだ。排除したいと思うのが本能である。
結果として呼び出されて文句を言われることから始まり、最終的には虐めが始まった。
そんな状況に堪えかねた私は妹に全てを話し、関わらないように頼んだ。それが間違いであると直ぐに後悔する。
それを聞いた妹はその事について周りに聞いて回ったのだ。
当たり前だが、そんなことはやっていないと皆、口を揃えて否定した。だってそうでしょ? 媚びを売りたい人間に馬鹿正直に真実を話すなんて愚かなことはしないのだから。
その後は思い出したくもない悪夢……いや、地獄である。
妹は私に対して嘘をついて皆を陥れようとしたのだから皆に謝れと迫り、妹に告げ口したことに機嫌を悪くした連中は、私に対する虐めを更にエスカレートさせた。それが現在まで続いたのだ。
「あの時の妹は最高の愚か者だったね。関わらなければ問題が解決するはずだったのに、事態を最悪な方向に持っていったのよ。寧ろわざとやってるんじゃないかと思ったわ」
「そうだったのね……。これ以上は話さなくても良いわ。今まで良く頑張ったわね……」
そう言って彼女は繋いでいた手を離し、優しく私のことを抱き締めてくれた。
私が今まで経験したことがない優しさに触れて、私はしばらく年甲斐もなく大きな声で彼女の胸の中で泣いた。
「ごめん……。もう大丈夫よ……」
「そう、それは良かった。それで聞きたいのだけれど、貴女はここに来る前に何か復讐でもやったのかしら?」
「復讐? そんなことはしないよ。やったところで意味なんてないから……。やったことと言えば、私の存在していたことを示す物を全て処分したのよ。写真も衣服も何もかもね。元から量が少なくて処分が楽で助かったわ」
「ふふっ、そう……貴女がそれで納得すると言うのであればいいわ。それじゃあ、今度は私の番ね。先に言っておくけど、嫌いにならないでね」
「それってどういう……」
そして彼女は話し始める……。
「私は貴女と変わらない平凡な家庭に生まれたの。貴女と違うのは私は貴女の妹みたいな存在。私は自慢じゃないけどとても優秀なの」
「そんな優秀な私をあの人達は道具として利用したの」
貴女を利用する? それって一体……。
「私を上司の行き遅れた息子と結婚させて、自分の出世に便宜を図って貰うようにしたのよ。自分の娘にそんなことをさせるんだから、最低最悪の糞親よ!」
彼女も私と同じく話に熱が入り大きな声を出していた。
「ごめんなさい。私もイライラして大きな声を出してしまったわ」
「気にしないで。お互い様でしょ? しかし、本当に最低な親ね。私の親が可愛く見える」
「ふふっ、そうかも知れないわ。その後はその上司の息子と何度も出かけさせられたわ。本当に嫌悪感しか湧かないような男だったの。未成年の私の身体を必要に求めて来たし、胸やお尻を触られたこともあった。思い出すだけで吐き気がするわ」
彼女は私の手を強く握った。その手はとても震えていた。
想像以上の内容に私は驚いた。彼女に比べたら私の経験したことなんて、まだマシな方だと思った。
「そんなことが……貴女に比べれば私は……」
「そうやって比べないで頂戴。貴女の経験したことだってとても辛いことよ。それを比べてはイケないわ」
その言葉にハッとする。比べられるのが嫌なのに自分でそれをやってしまったのだ。全てを捨てられたと思っていたがそうでは無かったらしい。
「そうね……貴女の言う通りね……やっぱり貴女とここで出会えて良かった」
「ふふっ、私も言いたいことを存分に言えてスッキリしたわ。あっ、ちなみに私は復讐するの。色々と彼らに都合の悪いことを写真や録音で残しているからね。それをネットにばらまくの。ふふっ……」
彼女は不適な笑みを浮かべてスマホを取り出した。
「もしかして今からやるの?」
「そうよ」
彼女は手馴れた様子でスマホを操作して、何故か私の方にスマホを近づけて来た。
「な、なんで私の方に近づけるの?」
「なんでって、一緒にタップしようと思って。私達の最初で最期の共同作業よ」
まさか、彼女との人生最初で最期の共同作業が暴露投稿になろうとは思わなかったが、この際どうでも良いことだ。
「わかったよ。ここをタップすればいいの?」
「そう。じゃあいくわよ。せーの」
彼女の掛け声と同時に私達はタップした。
その瞬間、何故だか私も少しだけスッキリした気分になった。愛する彼女の復讐をほんの少しだけでも手伝うことが出来たからだろうか?
「んんっ~スッキリした。もうこれは用済みね」
彼女はスマホを操作した後、スマホを海に投げ捨てた。
「それでどうする? もう逝く?」
私は満足気な彼女にそう聞いた。
「流石にあんな話だけじゃ、まだ逝けないわ。あっ、そうだ! 聞きたいことがあったわ」
「なに?」
「よく物語であるじゃない? 出会う場所が違えばって奴」
「ああ、あるね。それがどうしたの?」
「もし私と貴女がここではなく、別の場所で出会っていたら、私達は愛し合えたのかなって話よ。貴女はどう思うかしら?」
彼女の話を聞いて考えてみたが、愛し合うことは無かっただろうと思う。何故なら……。
「私は愛し合うことは出来なかったと思う。仮に貴女と別の場所で出会ったとしても私は貴女のことを好きにはならない」
「どうしてそう断言するのかな?」
「簡単なことよ。私が貴女を好きになった理由は優秀だからじゃない。ここで全てを終わらせようと決意した貴女を私は好きになったと思うの」
「なるほど……そう言われると確かにそうだわ。顔を合わせた時の貴女はとても美しかったわ。人間は命を散らす時が一番美しいと言う人がいるけど、まさにそれね。納得したわ」
機嫌を良くした彼女は私の肩にもたれ掛る。
「やっぱり、今日貴女に出会えたことは運命だったのかな?」
「ふふっ、そうだと思うわ。そうじゃなきゃこんな偶然はあり得ないわ……でも残念ね。夜が明けそう……そろそろ、貴女ともお別れね……」
「そうね……でも、最期の最期まで私は貴女と一緒だよ……」
私達は立ち上がりお互い見つめ合う。
「ねぇ、最期にキス、しようよ……」
「いいわ……。あっ、念のために言っておくけど、あの男には唇を奪われていないから安心して。私にとって貴女がファーストキスの相手よ」
「そうなんだ、私が最初で最期の相手なんだ……嬉しい……。んんっ」
彼女の柔らかい唇が私の唇と重なる……。お互い初めてだったため、たどたどしかったが、次第に舌を絡ませて愛を確かめ合った。
「はぁ……。もう一度言わせて。私、貴女のことが大好き……」
そう言った彼女は顔を紅潮させ、蕩けた表情をしている。恐らく私も彼女と同じ表情をしているだろう。
「私も貴女のことが大好き……んんっ」
人生最期と言うこともあって、お互い悔いの残らないよう無我夢中だった……。
「はぁ、はぁ……貴女に会えて良かったわ……本当に、本当に……」
彼女の決意ある表情を見て、ああ……もう逝くのだなと理解した……。私も彼女に伝えよう……。
「私も最期に貴女に会えてっ__んんっ!?」
私が言い終わる前に彼女は待ちきれなかったのか、これまで以上に激しくキスをしてきた。
その瞬間、抱き合っていた私達の体は重力に誘われた。
遂にこの時が来てしまった……。直ぐに終わってしまう筈なのにやたらと長く感じてしまう。でもそのお陰でもう少し彼女との愛を育めそうだ……。
ああ、そうだ……彼女にちゃんと伝えていなかった。口を塞がれているから、心の中で彼女に伝えよう……。
最期に貴女に会えて本当に良かった__。