台座に刺さった剣
背中にアイテムボックスの入った麻袋を担いだリチャードは、横にシエラを伴って遺跡群の広がる山岳地帯を歩いていた。
貴重な聖遺物を抱えている事にやっと慣れ、景色を楽しむ余裕が出来てきたリチャードだったが、余裕が出来たからこそある事に気が付いた。
「動物どころか、魔物すらいないとはな」
「魔物がいないのは良い事じゃないの?」
「歩くにしろ休むにしろ、確かに都合は良いのだがね。生物が近くにいないとなると水場が近くに無い可能性があるんだ」
魔物にしろ、魔物に変異する前の動物にしろ、生物である以上は水分は必要だ。
果実や植物からも水分は摂取出来るが、やはりまとまった水という物は生きるには欠かせない。
それに、もしその水場が池などではなく川ならば、川を辿って歩いて山岳地帯を抜ける事が出来るかもしれない。
しかし、たまに吹く風が木々を揺らして森を騒ぎたてる為、リチャードもシエラも川のせせらぎらしい音すら聞けないでいた。
「幸い、アクエリア様の加護のおかげで飲み水には困らないのは救いではあるが……仕方無い、食料は菌類や木の実を取るしかないな」
「パパの料理美味しいから、俺はそれでも大丈夫」
「そう言ってくれるのは嬉しいが、残念ながら調味料もなにもないからね。料理らしい料理は期待しないでおくれ」
「ん。大丈夫」
ああ、そうだ。そうだったな。
リチャードは出会う前のシエラがスラムや暗い路地裏で残飯を探し、時には腐った物を口にして死にかけたと本人から聞いた事を思い出し、それ以上は何も言わなかった。
そっとシエラに向かって手を伸ばせば、シエラは当たり前のようにリチャードの手を握り、それが嬉しくてシエラはリチャードに微笑んで見せる。
そうだ。シエラの私と出会うまでの生活に比べれば、知識さえあれば山での生活の方がまだマシかもしれない。
そう思うとリチャードの心持ちは幾分か軽くなった。
「綺麗な場所だな」
「ん。綺麗。それに静か」
風が吹いていない時は階段状の地面を歩いて降っていく二人の足音しか聞こえないほど、遺跡群の街並みは静まり返っていた。
かつては栄華を極めた遺跡群の街並みは今や風化の一途を辿りつつある。
いつしか風に削られ、雨に溶かされ、遺跡は全てが土に返るのだろう。
実際、リチャードとシエラが手を繋いで歩いている地面も、元は遺跡群の街並みの一部だった。
倒壊した石造りの建物が年月を経て地面と溶け合い、巨人が使うのかと思うほどの巨大な階段のようになっているのだ。
「道が分かれているな」
「どっちに行くの?」
「両方共に昇り階段か。右側の方が高い位置に行けそうだな。見渡せるならそちらに行きたいが……よし、右側に行こう」
「はーい」
リチャードとシエラにとっては大きな階段を進んだ先。倒壊した建物に阻まれるように出来上がったT字路に辿り着いた。
そのT字路は恐らく遺跡になる以前から住人の使用する道として使われていたのだろう。
道幅や、石柵からそれが予想出来た。
石で出来た階段を昇り、草が邪魔なら剣で裂き、瓦礫が邪魔なら乗り越え、回り込み、時には座って休みながら眼下に遺跡群を眺めつつ水魔法で作り出した水を飲んで休んだ。
「まるで絵本の中にいるみたいだ」
リチャードのそんな呟きに「勇者が出てくるお話にあったね、遺跡の話」とシエラが瓦礫の巨石に座って足をパタパタ交互に揺らしながら応えた。
よくある御伽話だ。
人間を守る良い勇者と、世界を手に入れたい悪い魔王が出てくる御伽話。
そんな御伽話の途中に勇者が聖剣を手に入れるために立ち寄った森の奥に遺跡群があったと、絵本やその絵本の作者が書いた小説には書かれていた。
「この階段の上にあったりしてな」
「あったら、パパか俺が勇者だね」
「ハハハ。そうはいかんよ。あの物語の聖剣は勇者を選ぶって話だったろ?」
「うん。そんなお話だった」
「それに聖剣なんてあるはずもない」
休憩を終え、階段を昇りながら笑い合う親子だったが、階段を登りきった先の広場を見てリチャードとシエラは目を丸くした。
広場の真ん中には巨大な魔法陣と小さな台座。
そしてその台座には草の蔓に巻かれていてよく見えないが剣のような物が刺さって見えた。
「パパ、あれは?」
「剣に見えなくはないが」
魔法陣は術者がいなくなった今でも未だに動作しているようで、淡く青い光を放っている。
「まさか、聖剣? いや馬鹿な、あれは御伽話だ」
自分に言い聞かせながら、リチャードはそれでも好奇心から歩みを止められなかった。
魔法陣自体は動作しているが、階段を昇りきった時点で親子二人は魔法陣を踏んでいる。
トラップが発動する類の魔法陣ではないらしい。
「ふむ。台座に突き刺さった剣を抜くのは男の夢、浪漫というやつよな。挑戦、してみるか」
「パパ頑張って」
「抜けるとは思え無いが、こんな機会二度とは訪れまい。それにコレは聖剣じゃない。そうさ、そんな事があるものか。これはきっと祭事に使うような物なのさ」
突き刺さった剣を守るように纏わり付く蔦を取り払いながらリチャードは言い訳するように呟くと、背中に担いだ麻袋をシエラに渡した。
「よし行くぞ。ああいや待て待て、もし折れでもしたら歴史的遺物が失われてしまうな。
ゆっくりだリチャード。落ち着け、落ち着くんだ」
久しく芽生えた子供心を必死に抑え込み、リチャードは剣の柄に手を掛けて力を込めていく。
しかし、剣は根でも生えているかのように台座からピクリとも動かなかった。
「ふう。やるじゃないか。なら、身体強化魔法を使っても良いな」
全身に魔力を巡らせ、身体強化の魔法を使うが結果は変わらず。
剣はビクともしない。
「ああ、そうか。錆びて抜けないのか。ならば仕方あるまい。私の負けだよ」
リチャードは汗を拭いながら深呼吸すると、剣に背を向けて昇ってきた階段の方に向き直り、辺りを見渡した。
どうやら反対側の階段を昇った先に道が続いているらしい。
「向こうが正解のルートだったか、こっちはここまでのようだし。
よし、シエラ昇ってきたばかりだが降りよう」
「ん、分かった。剣、残念だったね」
「仕方無いさ。さあ、行こう」
階段を降り始めたリチャードをシエラは追いかけるが、階段の手前でシエラは踵を返して台座の剣に向かって駆けた。
シエラとて剣が抜けるなどとは微塵も思っていないが、シエラはリチャードと違って本当に子供だ。
絵本で読んだような光景がそこにあるなら挑戦したくなるのは分からなくもない。
リチャードの姿は階段を降りた事で見えなくなった。
そのタイミングでシエラは剣に手を掛け、上に引く。
するとどうだろうか、先程までリチャードが本気で抜こうとしても抜けなかったどころか、微かにすら動かなかったその剣が、鞘から剣を抜くかのように、すんなり台座から抜けてしまった。
「…………ぬ、抜けちゃった」
「おーいシエラ? 行くぞ?」
階段の途中からリチャードの声が響く。
掲げるように持つ抜けてしまった剣をどうすれば良いか分からず、珍しくアタフタするシエラは剣を台座に刺して戻そうとしたが、まるでそれを拒否するように剣は台座に刺さらない。
パパに見つかったら怒られるかもしれないと困り果てたシエラは、その時、剣を抜く際に地面に下ろした麻袋からアイテムボックスがはみ出しているのを見つけ、割った皿を隠す心境でアイテムボックスに抜けた剣を隠した。
そして、麻袋にアイテムボックスを放り込むとそれを抱え、階段の途中で待っているリチャードの下に駆けていく。
「シエラ?」
「ごめんねパパ、け……景色見てた」
「おや。確かに急ぎすぎたかも知れないな。もう少しゆっくりしても良かった、すまなかったね」
シエラはリチャードと一緒に暮らし始めてから見ても、今日この日、初めて大好きな父親に嘘をついた。
怒られたくない一心で、嘘をついてしまったのだ。




