女神様からの贈り物
陽光の眩い光で目を覚ましたリチャードは、隣で丸くなって寝ているシエラを起こそうと肩を揺すった。
目元が赤く腫れている、やはり泣いていたようだ。
「ああ、夢なわけが無いか」
昨日の事を思い出しながら、リチャードは辺りを見渡した。
我が家で迎える朝とはかけ離れた、石造りの壁が見える光景に、リチャードは深くため息を吐き、肩を落とす。
「パパ? ……おはよう」
座ってボーッとしていたリチャードに、目覚めたシエラが辺りを見渡してから俯き、そのままリチャードに抱き着きながら言った。
そんなシエラを抱き締め返し「おはようシエラ」と愛しい娘の頭をリチャードは撫でながら、現実を飲み込もうとする。
それからしばらくして。
「パパ、頭変だよ?」
「うぐ、自分をまともな人間だとは思っていないが、娘に言われると……キツイな」
落ちていた深皿を小さなシェルフの上に乗せ、シエラの水魔法で水を溜めた後、リチャードが先にシエラの顔を洗わせていた時のこと。
犬や猫がそうするようにシエラが首を横に振って水を飛ばして顔を上げ、リチャードが代わって顔を洗おうとした際にシエラがそんな事を言ったので、リチャードはガックリ肩を落とす。
「髪の色が変。いつもの茶色じゃない」
「ああ良かった、そっちか。色々あったからなあ遂に白髪でも出たか?」
心の底から安堵して、深皿に溜まった水を覗き込むリチャードの目に、水面に反射した自分の顔が写った。
白髪も仕方無い年齢だからと、自分に言い聞かせるリチャードだったが、水面に写った自分の頭髪は予想に反して白くはなっておらず、それどころかシエラの毛先のように自分の頭髪の先が全体的に深い青色に変化していた。
「か、加護を賜った、のか。後天的に? そんな話、聞いた事が無いぞ」
本来なら加護は生まれついて神様に頂く物。前例がないわけではないが、歴史的に見ても後天的に加護を賜るのは稀である為、歴史家ではないリチャードがその事を知らず、驚くのも無理は無かった。
「おー、パパとお揃いだぁ」
「あ、ああ、そうだ。そうだな。お揃いだぞシエラ」
加護を持っていなかったリチャードにとって、様々な恩恵を授かる事は嬉しい事だ。
しかし、あまりにも突然の事で気が動転していたのだろう。リチャードは片手で髪をかき上げ、水面に写る自分の顔を見ながら呆然としていた。
「パパ?」
「大丈夫、大丈夫だ。よし、旅支度をしよう」
シエラの声に正気を取り戻し、深皿の水ではなく、水魔法でもって空中に水の球を作り出してそれをすくって顔を洗う。
以前より簡単に、そして魔力の消費も少なく発動出来る魔法にリチャードは感動していた。
さて、本来なら旅に出るとなったなら入念な準備が必要になる。
非常食はもちろん、水筒、地図、方位磁石に着替え、毛布など、挙げ始めるときりがない。
持っていける物を持っていけるだけ持って行きたい気持ちは山々なリチャードだったが、体は一つだけだ。
シエラがいるとは言え、十歳の少女に重荷を背負わせるのはしのびない。
そんな事を考えながら壁に掛かった麻袋を手に取ると、中に何やら入っているのか、リチャードは手に微かに重量を感じた。
麻袋の口を開け、中に手を入れるリチャードは指の先に硬い感触を感じ、それを手に取り引き出す。
「木箱か。宝石箱か? それともオルゴールか?」
「パパ、箱に何か書いてる」
「ん?」
取り出したその木箱は大人の手の平サイズで、木彫りの装飾が施されており、一見するとリチャードが言ったように宝石箱かはたまたオルゴールかといった印象だった。
その木箱の底面に彫られた字をシエラが見つけたのだ。
「親愛なる眷属達へ女神より……なんだ、余計に分からなくなったな」
「パパ、眷属って何?」
「簡単に言うと、神様に仕える者の事だよ。しかし、眷属か……うーむ」
「眷属は駄目なの?」
「ああいや、突飛に過ぎてね。どう言い表したら良いのか分からないんだ。
……とりあえず開けてみるか」
親愛なる眷属へ、そう書いてあったのだから何か役に立つ物が入っているのだろう。
そう判断したリチャードが、蝶番の付いた箱の反対側、真ん中に入った切り込みに指を掛け箱を開いた。




