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旅の始まり、その前に

 リチャードは崖の上に座り込み、彼方まで広がる森を見下ろしながら呆然としていた。


 どうしてこうなったのか、なぜ羽鯨が、神の使いがこんな事をしたのかと考え、リチャードは羽鯨から聞こえてきた声を、かの神話生物が言っていた事を思い出していた。


「私の……願いだと?」


 ふと、リチャードは半年前の敬親の日に起こった怪奇現象の事を思い出す。

 

「それが貴方の願い?」と、あの日の朝、聞こえてきた声は言っていた。

 あの現象と今回の件が繋がってない筈がない。

 リチャードはそう結論付けると、ハッとして眼下に広がる森から視線を外し、振り返って未だ目覚めないシエラの下に駆け寄った。


「シエラ……怪我は、怪我は無いか」


 地面に片膝を付き、赤子を抱くようにシエラを抱え、腕に触れたり足に触れたりしてみるが異常等は見受けられなかった。

 自分も同じように転移させられたが、リチャードは自分の体調より娘の体調を心配したのだ。

 そして、シエラに怪我が無さそうな事に安心し、リチャードが安堵の溜め息を吐いた時、シエラは目を開けた。


「ん。パパ?」


「ああ、良かった。目を覚ましたか」


「何が、あったの? 鯨さんは? 皆は? ここはどこ?」


「正直私も混乱しているよ。恐らくあの羽鯨に転移させられたのだとは思うが」


 目を覚ましたシエラが体を起こし、キョロキョロ辺りを見渡してリチャードに聞くが、リチャードとて34年生きてきた人生の中でこんな事に遭遇したのは初めてだ。

 リチャードはシエラに「ここがどこかは私にも分からない」と正直に答え、続いて「すまない、私のせいでこんな事に」と目を伏せた。


「なんでパパが謝るの?」


「私が軽々しくシエラと旅をしたいと願ったのを、神様に…………羽鯨の言葉からの推測でしかないが、女神アクエリア様に聞かれていたのかも知れない。それが原因で今こんな事になっているのだと思うんだ」


「そんな事……」


 あるわけが無いと口にしようとしたシエラだったが、その言葉を吐き出す事は出来なかった。

 神様の使いだと教えられた羽鯨が現れたのだ。

 何が起きても不思議ではなかった。


 困惑しているのだろう、顔色が優れないリチャードに何が出来るでも無いシエラは大好きな父親に心配を掛けたくない一心で抱き着き「俺は大丈夫だよパパ」と囁いた。


「怖く無いのかい? 全く知らない土地に私と二人だけなんだぞ?」


「俺にはパパがいればここがどこかは関係ないよ。怖くはない。

 あっでもママに会えないのは寂しい」


 元気付けようとしてくれているのだろう。

 リチャードに向けたシエラの笑顔はどこかぎこちなかった。

 そのぎこちない笑顔を見てリチャードは「娘になんて顔をさせるんだ私は、腐ってもSランク冒険者だろリチャード・シュタイナー!」と自らを鼓舞してシエラを抱えて立ち上がった。


「私もシエラと一緒なら平気だ。まさかいきなり知らない土地に放り出されるとは思わなかったがね。

 二人でアイリスの待つあの街に、必ず帰ろうな」


 そうなるとまずは今日の寝床や食料を確保しなければならない。

 そう思って辺りを見渡したリチャードの視界に崖と反対方向の森の側に朽ちかけた小屋があるのを見つけた。


「人が住んでいるとは思えんが、あそこに行ってみるか」


 幸い、というべきか。リチャードもシエラも養成所からの帰り道に転移させられたので武器は持っていた為、リチャードはシエラを下ろし、手を繋ぐと腰の剣に手を掛けたまま小屋を目指した。

 

 辿り着いた小屋は窓も無く、屋根には穴が空き、壁には草が伝って緑色に侵食されている。

 扉も腐り落ちており、人が住んでいる気配は全く無い。


「まあ、期待はしていなかったが……今日はここで過ごすか」


 日も傾いて、青かった筈の空は橙色に染まってきた。

 森の中で身を晒して野宿するよりはマシと思い、リチャードはシエラを連れて石壁の小屋へと足を踏み入れた。


「何かあるよ?」


「いやはやなんとも、不釣り合いな。これもアクエリア様の心遣いなのか?」


 足を踏み入れた小屋の真ん中、リチャードとシエラはボロボロな小屋にはあまりにも不釣り合いな綺麗なテーブルとその上に並べられた料理の数々を見た。


「パパ見て、手紙があった」


「どれどれ。『私は女神アクエリア。サプライズプレゼントはお気に召していただいたかしら。

 この小屋にある物は私が用意したものだから好きに使って頂戴。

 あの日貰ったパンと林檎美味しかったわ、ありがとう。では、良い旅を』だそうだシエラ。なんと言うか……なんだかなあ」


「あのお婆ちゃんが女神様だったって事?」


「あの姿も変装だったんだろう。まあ今日はこれを頂くとするか。明日からの事は食事を終えてから考えるとしよう」


「ん。お腹空いた」


 テーブルとセットの綺麗な椅子に対面で座り、手紙をテーブルに置くと、いつぞや自宅でそうだったように手紙が光に包まれ弾けるように消えた。

 あの日、リチャードに声を掛けた姿の見えない女性、シエラからパンと林檎を受け取り消えた老婆、鍵の掛かった自宅に侵入しパンと林檎を半分返した存在は女神アクエリア本人だったわけだ。

 その事を理解し、リチャードとシエラはこんな状況だが、お互いの顔を見合って苦笑する。


 そしてテーブルの真ん中の蝋燭台に立てられた蝋燭に魔法で火を付け、二人は食事を始めたのだった。


「冷めてる」


「それは、まあ仕方無いさ」

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― 新着の感想 ―
[一言] ほんと女神はろくなことをしないなw
[一言] 冷めてる 女神様泣いちゃうよ
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