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羽鯨

 リチャードとシエラが養成所に通いはじめて、早いもので半年が過ぎたこの日、シエラは養成所の講堂で修了証をマリネスと受け取ると、リグスとナースリーが待つ養成所の正門へ向かった。


 この日も、というかこの半年、空には彩雲が毎日現れるようになっていた。


「これで、冒険者になれる」


「シエラさんは直ぐに冒険者登録をするんですか?」


「……ううん。リグスとナースリーを待つよ」


「そうですねえ。せっかく4人仲良くなれましたし、一緒に冒険者になりたいですもんね」


 マリネスと話しながらシエラはリグス、ナースリーと合流。

 4人で帰路に着くかと思われたが、4人は直ぐには帰らなかった。


「すまない、待たせたね」


 娘の養成所卒業の日とあっては父としては帰ってお祝いしたいと思ったリチャードは先に帰らせてもらい4人に合流。

 リチャードとシエラを先頭に5人は帰路についた。


「俺達は後半年かあ」


「待ってるから。皆で冒険者になろう」

 

 話しながら帰る道すがら、ふと目に入った彩雲が大きく広がっていくのがリチャードの視界に映った。

 雲が流れている事でそう見えただけかと思ったがどうにも様子がおかしい。

 空に広がっていく虹色の雲が一箇所に集まっているのだ。


「なんだ、空が――」


 この半年、あまりにも毎日彩雲が表れていたものだから誰も気に留めることが無くなっていた空に、突然それは現れた。


 穴だ。一箇所に集まっていった彩雲の中心に小さな穴が現れたのだ。

 その穴に虹色の雲が吸い込まれたかと思うと、空にあいた穴が次第に拡がっていく。

 同時に穴周辺に現れた虹が円形に拡がり、頭上に広がる青い空を淡い虹色に染めていく。


 リチャード達だけでなく、道行く人々も異変に気が付き空を見上げた。

 外にいる者だけではない。

 屋内からもその様子は確認出来た。


 ギルドの執務室で窓に背を向けて、書類にサインをしていたアイリスですら空の変化に気が付く程には異様な光景だった。


 アイリスは領主に遠距離通話の魔法で通信するが、誰がこんな事態を想定しているというのか。


 皆一様に空を見上げ、呆然とすることになった。


 空にあいた巨大な穴から白と灰、黒と水色を混ぜたようなまだら模様を持つ鯨が現れたのだ。

 

「羽鯨……馬鹿な。御伽話の存在が――」


 リチャードは息を呑んだ。

 神の使いとされる存在が、伝説や伝承のみに表れる空想上の生き物が、唐突に頭上に現れたのだ。

 その大きさたるや現れるなり太陽を隠し、街に影を落として夜を運んできた程。

 道行く人々は突然現れたそれに恐れに畏れ、ある者は腰を抜かして尻餅を付き、ある者は空を仰いで祈りを捧げ、またある者は剣に手を掛け警戒した。


 羽鯨とはよく言ったものだ、背に4枚、本来ならヒレにあたる部分にも光り輝く白い翼を持つそれが、海に住む鯨のように……鳴いた。


「リチャード・シュタイナー、巫女様を救っていただいた貴方の願いを叶えるため。女神アクエリア様の命により参りました」


 落ち着いた女性の声がリチャードの耳に届いた。

 突然の事に辺りを見渡すリチャードはこの時あることに気が付く。

 

「時間が、止まっている?」


 空が虹色に輝いているからそう見えるわけではない。リチャードから見える景色は灰色に染まり、後ろにいる筈の生徒達や見える範囲の人々は微動だにしなかった。

 

 異様な光景だった。

 まるで戦場の真っ只中だ、爆炎魔法で灰色に染まった地面、焼けた人間だった物。

 リチャードはかつて駆け抜けたそんな戦場を思い出していた。


「パパ?」


 冷や汗をダラダラ流し、動悸がする胸を抑えるリチャード。

 そんなリチャードを心配したシエラがリチャードの服の裾を掴んで呼び掛けた。

 

 羽鯨が引き起こしているのであろう時間の止まった世界でリチャードとシエラの二人だけが動いていた。


「シエラ……大丈夫、大丈夫だよ」


「パパ、あれは――」


「羽鯨、だとしか答えられない。まさか、いや、しかし」


 空を見上げ、激しく動揺するリチャードは口元を手で抑え、考えを巡らせるが答えは1つしか思い浮かばない。

 本当に自分の目の前に神話に出てくる生物が――。


 そんな事を考えていると、リチャードとシエラの足元に魔法陣が浮かび上がった。

 リチャードは魔法が専門では無いが、勉強してこなかったわけでは無い。

 しかし、足元に現れた魔法陣はリチャードが思い出せる限りで知り得る魔法陣のどれにも当てはまらなかった。


「な、何を!?」


「パパ!」


 突然の事に理解が追いつかないまま、リチャードはシエラに危害が及ばないようにシエラを抱き締める。

 だが、魔法陣から現れた光の柱は二人を包み、柱の中の二人を光の粒子へと変えていく。

 

「ではリチャード様、巫女様。良い旅を、二人の道程に幸あれ」


 二人の足から感覚が消え、耳に再び女性の、恐らくは羽鯨の声が響く。

 眩い光にのまれ目が眩み、リチャードとシエラはギュッと目を瞑った。


 そして、次に二人が目を開けた時、二人は普段と変わらない青い空を見た。


 どうやら無事らしい。

 特に痛みもしない体は地面に寝かされているようだ。

 草の香り。優しい風の肌触りに目を開けてリチャードは体を起こした。


「て、転移……魔法、だとでも。あれが神代の魔法……夢だ、私は夢をみているのだ」


 先程まで街にいた筈のリチャードとシエラは知らない崖の上にて目を覚ました。

 自分の身に起こった事があまりにも突飛に過ぎてリチャードはその場に座ったまま頭を抱える。


 リチャードはしばらく考えて立ち上がり、辺りを見渡すが、羽鯨どころか、街すら見当たらない。

 崖の上から見えるのは海のように広がる青々と輝く新緑の森と、その森を切り裂くように伸びる河川。そして遥か遠くにそびえる山々。


 リチャードとシエラは知らない土地に急に放り出されたのだ。


 リチャードは晩年、この日の事を自らの手記に「神様はろくな事をしない」と書き記している。

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