二人でサンドイッチ作り
帰宅して、日用品を片付け終わった親子二人はキッチンに食料や調味料を片付けに行き、いよいよわけが分からなくなってその光景に冷や汗をかいた。
商業区で遭遇した老婆に渡した筈の林檎が1つとパンが半分、調理台の上に置かれていたのだ。
「パパ、戸締まりしたよね」
「うむ。それ以前にあの老婆が私達より先んじて、しかも我が家を特定した事になるんだが。
そんな事、あるわけが無い。」
紙袋は持っていったのか、返ってきたパン半分はそのまま調理台の上に置かれている。
そのパンの下、リチャードは小さな紙片が挟まっているのを見つけ、恐る恐る手に取る。
その紙には綺麗な文字で「御馳走様」と書かれていた。
「なんなんだ一体」
呟いたリチャードが紙片を調理台に置く、するとその紙片がフワッと浮かび上がり、光に包まれたかと思うと泡が弾けるかのように消えて無くなった。
「魔法?」
「魔力を感じなかったんだが。まったく妖精にでもたぶらかされたようだ。東の大国ではこういうのをなんと言うんだったか……狐につままれる、だったかな? 全く、奇妙な事が起こる日だ」
しかし、何故かこんな事が起こったというのに、リチャードもシエラも悪い気は感じていなかった。
どちらかと言うと、小さな子供の可愛い悪戯を見たような、そんな気分を味わっていた。
「あのお婆ちゃんには多かったのかな」
「さて、どうかな。まあこうしてパンも返ってきた事だ、予定通りお昼のサンドイッチを作るとしようか」
「ん。ねえパパ、俺も手伝って良い?」
「ああもちろん。丁度良い機会だ、剣ではなく、包丁の使い方を練習しようか」
怪奇な事は起こったが、現象の正体を確かめるにしても材料が少な過ぎて判断は出来ない、何よりも腹が減ってはなんとやら。
二人はまず昼食を優先することにした。
「包丁を使うとき、切る物に添える手は猫の手にするんだよ?」
「俺獣人族じゃないから獣化出来ないよ」
「ああいや、そうじゃなくて。こうして指を曲げて猫の手みたいにするのさ」
お手伝い用の台に立ち、包丁の使い方の手ほどきをするリチャードから受けて素直に従い、指を曲げて材料のパンや野菜を切っていくシエラは材料を切り終わると自分の手を見た。
その様子にリチャードは指を切ったのかと心配してシエラの手に触れる。
「どこか切ったのか?」
「ううん、違うの。どうしても猫の手に見えなくて」
「ああ、ハハハ。まあ例え、だからね。確かに猫の手には見えないとは思うが」
「ん。俺には熊の手に見える」
リチャードの資料にあった熊型の魔物の絵を思い出しながら、シエラは自分の手を見て言った。
野菜や薄くスライスしたオーク肉のハムを切り分け終わったので、パンに好きな材料を好きな順番で、好きな分量重ねていくリチャードとシエラ。
そんな時、シエラがトマトを避けている事に気が付いた。
「おや? トマト嫌いだったのかい?」
「嫌い、というか苦手。食べれなくはない、でも出来れば……食べたくない」
思い起こせば何が好きで何が嫌いか、のような話をしてこなかった事にリチャードは気が付いた。
我儘を言って見放されたくなかったのだろうか、だとすればそう感じさせてしまった自分は親としてはまだまだ未熟なんだなあとリチャードは考えてしまう。
「無理に食べなくても構わないぞ?」
「良いの?」
「ああ、良いとも。死ぬわけでもない。良ければ、もっとパパに何が好きで何が嫌いか教えてくれないかい?」
「でも、我儘だって、悪い子だって思われる」
「思わんよ。子供は我儘なくらいで丁度良い。昔、世話になった孤児院のシスターもそう言っていたよ」
少年時代、クエストで子供の世話を手伝った孤児院のシスターの笑顔を思い出しながらリチャードはシエラに微笑み、頭を撫でる。
そして、二人は完成したお手製サンドイッチをダイニングに持っていくと、二人してあの野菜が嫌い、あの野菜は好き、とお互いの食の好みを話して笑いあった。




