夕暮れの帰り道
四人でパーティを組んだシエラ達は次の日の放課後も、また次の日の放課後もミニクエストを受けては着実にそのクエストをクリアしていった。
そんなある日のことだ、その日は受注していた学校に恒常で置かれているクエストであるリーフスライム8匹の討伐クエストの為に四人は街の外、街道付近の草原へと足を運んでいた。
いくらパーティを組んでいるとはいえ、子供達だけで街の外に行くなどもってのほかなので、護衛、というかお守りとして教師が一人同道してる。
「リグス、そっち行った」
「また俺かよ⁉ なんでこっち来るんだこいつら!」
草の影から飛び出すようにリグス目掛けて一直線にリーフスライムが跳ねた。
当たれば顔面にバスケットボールをぶつけられる程の衝撃があるその体当たりを、リグスは真向から唐竹割のごとく剣を振り下ろして受けて立つ。
真っ二つに切り裂かれたスライムは悲鳴を上げるでもなくまるで水風船を割るかのように弾け、その体液をリグスに浴びせて息絶えた。
「くっそ、またドロドロだ」
スライムの体液でベトベトになったリグスが剣を鞘に納めながら悪態をついた。
それを笑うナースリーと苦笑するシエラ、困ったようにアタフタするマリネス。
四人は同道した教師に報告を終え「はい、お疲れ様」と報酬の銅貨を貰って帰路につく。
「なあ、シュタイナー。お前強いんだからもっと動けよなあ」
「俺が全部やったら意味ない」
「そうよリグ。私たちはパーティなんだから。連携を意識しろって先生言ってたでしょ?」
「結果俺がスライムまみれになってるんだよなあ」
同道した教師に見守られながら四人は街の門を通過して歩きなれた石畳の馬車用道路横に整備された歩道を歩いていく。
夕暮れが空をオレンジ色に染め、その空を四枚羽の黒い鳥が編隊を組み、泳ぐように飛んで住処へと帰っていくのを見上げ、シエラはふと父と母、リチャードとアイリスの顔を思い出した。
「帰れる場所があるっていいね」
「どうした急に」
「いや、なんでもない」
呟いた声は誰に向けたものだったのか。
シエラはリグスの言葉に視線を前に戻すと後ろを振り返り同道した教師に頭を下げ「じゃあね、リグス、ナズ、マリ」と、友達には手を振って別れ自宅を目指した。
自分の歩く先に伸びる細長い影に視線を落とし、一人の帰り道を歩く。
顔見知りのご近所さんに「こんばんわ」と言える普通の日常。それはこの街に売りに連れてこられ、逃げ出したあの日に叶わなくなった普通の生活。
リチャードに救いあげてもらわなければ、今もあの暗いジメジメした路地裏で一人震えていたんだろうか、それとも空腹に耐えられなくなって死んでいたんだろうか。
そんな事をぼんやり思って歩いていると、後ろから早足に近付く足音がシエラの耳に入ってきた。
コツコツ響くその足音にシエラは聞き覚えがあって振り返る。
そこには急に振り返られて驚いた様子のリチャードが、命の恩人が、大好きな父親が立っていた。
「おや、気づかれたか」
「パパの足音だから、気付くよ」
「ハハハ。それは参った、シエラを驚かすには難儀しそうだ。……で、帰りが随分早いが、今日のクエストはどうだった?」
仕事を終え、帰宅途中に娘の後ろ姿を見つけたリチャードの後ろからこっそり近づいて驚かせる作戦は残念ながら失敗に終わったが、リチャードは嬉しそうにシエラに手を伸ばした。
手を繋いでくれるんだと思い、シエラはリチャードの手を握る。
そして、リチャードはそんな娘の期待を裏切ることなく、包むように優しくシエラの手を握った。
「今日は街の外でスライム倒してた」
「ああ、あの恒常クエストか。なるほど、帰りが早いわけだ。 楽しかったか? と聞くのは何か違うような気がするな」
「ん。スライムも生きてるから……あんまり楽しくはなかったかも。でも、リグスがスライムまみれになってたのは面白かった」
「おやおや。ベルさんちの奥さんは今日の洗濯は苦戦しそうだなリーフスライムの体液は水だと落ちにくいんだ。
まあゴブリンの臭いよりは随分ましだがね」
苦笑する父の様子に娘は微笑む。
一人だと少し物悲しい夕暮れの帰路も、親子二人なら楽しい時間に成り代わる。
あと少し歩けば自宅だが、シエラは少しばかり我儘を言いたくなった。
「パパ、抱っこして?」
「今日は随分甘えん坊だな。お、よしそうだ、抱っこじゃなくて肩車はどうだ?」
「お~。楽しそう。やってやって」
「良し、いくぞ?」
手を離したリチャードはシエラの横っ腹を両手で掴み上げ一気に自分の頭の上にあげると肩にシエラを座らせた。
二人の影が重なって一つの長い影になる。
普段とは全く違う視点の高さにシエラは少しの不安を覚えたが、下にいるリチャードの「どうだシエラ、大丈夫か? 怖くないか?」という言葉に心を落ち着かせ「ん。大丈夫」と、いつもの調子で下になっている父親に答えて聞かせたのだった。