泥まみれになった理由
風呂から上ったリチャードとシエラはアイリスが用意してくれていた寝間着に着替えると、リチャードはシエラをダイニングに行かせ、自分はキッチンへと今日の夕食を取りに向かった。
シエラに夕食を食べさせている間に入れ替わるようにアイリスが風呂に入ったので、夕食を食べ終えたシエラと、それを見届け終えたリチャードがリビングでアイリスを待つことに。
そして、寝間着に着替えたアイリスがリビングに姿を表してシエラを挟むようにリチャードの反対側に座ったので「さて、では初のクエストで何があったかを聞かせてもらおうかな?」とリチャードがシエラを撫でるとそう言って、いつも飲んでいる甘いコーヒーに手を伸ばした。
「初めてのクエストは何を受けたの?」
コーヒーを口に運んだリチャードに代わり、アイリスがシエラの目を見て優しく声を掛ける。
シエラはそんなアイリスの目を見つめ返しながら今日あった事をゆっくり話し始めた。
「今日、迷い猫の捜索クエストを受けたんだけどね。
あっちこっち探したんだけど全然見つからなくて」
「ああ、首と尻尾に赤いリボンを巻いた迷い猫の捜索クエストが貼り出されていたな。
アレを受けたんだね?」
「ん。その猫。 でねでね? その猫が全然見つからなくて日も暮れたしまた明日にするかってリグスが言ったんだけど。
ちょうどその時に塀の上にその猫がいるのを見つけたの」
「あら。じゃあクエストはクリア出来たの?」
「ん。クエストはクリア出来た。
でも追い掛けた先の空き地が泥濘んでて、リグスと一緒に猫追い掛けてたらマリネスの方に猫が行ったんだ」
「マリネス?」
「ああ、セルグ家のご令嬢だよ」
「あ〜。あのお嬢ちゃんの娘さんかあ。やっぱり魔法使い志望なのかしら?」
「ああそうだよ。中々良い腕をしている優秀な娘さんだ。
少しばかり内気なのが心配だったが、シエラがそれを杞憂にしてくれたよ」
「あの快活なお嬢ちゃんの娘が内気なのかあ」
シエラの話から脱線した話題で盛り上がる二人に「もう、ちゃんと話聞いてよパパ、ママ」とシエラが頬を膨らませる。
その様子にリチャードは「すまない、続きを聞かせてくれるかい?」と、なだめるように頭をポンポンと撫でると困ったように苦笑した。
「猫が急にマリネスの方に走って行ったからマリネスがビックリしちゃって、それでも捕まえようとしてくれたんだけど躓いて泥濘に足が嵌って倒れそうになったんだ。
で、危ないと思って俺が受け止めたんだけどさあ。俺も泥で滑っちゃって。
結局マリネスを抱っこしたまま後ろに転けちゃった」
「ふふ。だからあんなに泥んこだったのね?」
「ん。結局ナースリーが作った泡の魔法で猫捕まえて、依頼主に届けたよ」
「そうか、どうだった? 初めてのクエストは」
「大変だったけど、楽しかった」
「楽しかった、か。 ……それなら良かった」
子供達の受けるクエストは安全に配慮した内容にはなっている。
討伐系のクエストだろうと一年生の受けるクエストに命が脅かされるような物は無い。
それでも理想と違うクエストの大変さに、冒険者への道を早々に諦めてしまう子供も稀にだがいるという話をリチャードは先任の教師達から聞いていたので、泥まみれで帰ってきたシエラを見て、もしかしたらシエラがそんな事を考えるかも知れないと思ってしまったが、それこそ杞憂だった。
話を終えたシエラの表情は明るく、にこやかに笑って本当に楽しげだった。
「クエストって魔物の討伐だけが全てじゃないんだね」
「うむ、そうだな。冒険者とは、いわばなんでも屋に近い職業だ。
魔物退治だけでなく、困っている人達の助けにもならねば立派な冒険者にはなれない、が……まあ私達の娘なら、大丈夫そうだ」
コーヒーの入ったカップをローテーブルに置き、リチャードは再度シエラを撫でる。
撫でられたシエラは頬を赤く染め、嬉しそうに微笑んでいた。