娘の居ぬ間に
シエラ達が敬親の日に向けてミニクエストを受けたこの日。
リチャードは全ての仕事を片付け、久し振りに一人で我が家に帰ってきた。
「ただいま」
誰もいない家に帰宅を知らせたリチャードは玄関を閉めると自嘲するように鼻で笑った。
ふむ、私も随分シエラとアイリスに依存しているようだ、まあ悪い気はしないが。
そんな事を思いながらリチャードは上着を脱ぎ洗面所横のファミリークローゼットへと向かうと部屋着に着替え、洗濯物を籠に入れて洗面所に置いた。
「久々に一人か……暇だな」
自分以外の音が一切しない家を歩き、リチャードはキッチンへ向かう。
数ヶ月前、シエラと出会うまでは一人でいる事も多かった当たり前の日常を久々に味わうリチャードだが、どうにも落ち着かない様子だ。
カップに角砂糖を3つ、更にはミルクも入れた甘いコーヒーを持ってリビングへ向かうリチャードは少しばかり、なんてものではない程に寂しさを感じていた。
今頃シエラはクエスト中か。
アイリスはいつ帰ってくるか。
今日の夕食は何にしようか。
二人が喜ぶ夕食を作りたいな。
しばらく前なら、一人でいる時のリチャードは次のクエストは何を受けるか。
魔物の素材の今の相場はいくらか。
武具の手入れに掛かる費用は。
補充する回復薬に掛かる値段は。
などとクエストに関わる事ばかり考えていた。
しかし、今は娘と恋人の笑顔見たさに二人が喜びそうな事をしたい、させたいと考える事しかしなくなった。
それは教師になってからも変わらない。
生徒達の事を考える事はあるが、リチャードはあくまで家族優先で思考する。
それは恐らく、例えば自分の受け持つ生徒達全員とシエラ一人の命、助けるならどちらか? と言う究極の二択のような問題を突き付けられても「私はシエラを助ける」と即答する程だ。
では、シエラとアイリスなら? と聞かれたならそれに関しては「まずシエラを助け、アイリスも助ける」と我儘を言うだろう。
それほどにリチャードは二人の事を愛しく想っていた。
しばらくリビングでコーヒーを飲み、一人の時間を持て余していたリチャードだったが「いかん、流石に夕食の準備をせねば」と座っていたソファから立ち上がり、再びキッチンへと向かい夕食の準備に取り掛かった。
疲れて帰って来るであろうシエラとアイリスの為に今日の夕食は肉料理とキノコたっぷりの野菜スープだ。
部屋着の上からエプロンを着用し、夕食の準備を進めていると「たっだいま~!」と元気な声が玄関から響いてきた。
アイリスのいつもの元気な声にリチャードは嬉しくなり、口元が緩む。
出来たてのスープが入った鍋の火を消し、手拭いで手を拭きながら帰宅した恋人の顔を見に、リチャードはキッチンから廊下に出た。
「やあ、お帰りアイリス。お疲れ様」
「ただいまリック。貴方もお疲れ様」
娘がいないのを良いことに人目をはばかる必要もないので廊下で口付けする二人はしばらく恋人同士の時間を楽しむ。
そしてその後、夕食を二人きりで食べる事になった。
「思えば二人きりで食事って初めてじゃない?」
「ふむ。 ……確かにな。シエラがミニクエストを頑張ってる間はこうして二人の時間が増えそうだな」
「フフ。 確かにね。 ねえリチャード、はいア~ン」
「よせアイリス。そういうのは柄ではないよ」
「ア~ン!」
「はあ、全く強引な。分かった、分かったよ」
アイリスに迫られ、一口サイズに切った肉をアイリスのフォークから食べるリチャードの顔が羞恥心から赤く染まる。
そんなリチャードの様子をアイリスは悪戯な笑みを浮かべながら満足そうに眺めていた。