友達になりたい
本日も授業が始まった。
冒険者の学校での基本的な座学は魔物の生態を学ぶ。
この日はコボルト、二足歩行する狼人間についての授業が行われていた。
リチャードが黒板にコボルトの姿が描かれた絵を貼り付け、生徒達に分かりやすいように生態や特徴などを解説していく。
シエラは自宅の資料で何度も読んだ内容だったが、父親の説明は自己解釈よりも更にわかりやすく、新鮮な気持ちで授業に耳を傾けている。
「先生、コボルトと獣人族の方々との明確な違いってなんなんですの?」
リチャードの説明中。生徒の一人が教壇に立つリチャードに聞いた。
「ふむ、良い質問だ。少し難しい話になるんだが、良いかな?
そもそもコボルトと我々と暮らす獣人族は祖先からして違う種族だったという研究結果が報告されていてね。
コボルトは見た目の通りウルフ種から進化した結果、二足歩行と人間のような器用さを獲得した。
しかし知性は人に連なる種族程高くなく、どちらかと言えば本能のままに生きている。
一方で獣人族だが。
犬人種や猫人種と多様な種族がいるが、彼らはその祖先が古より人に連なる種族と共に暮らしていた犬や猫が永く生き、魔力を溜め込むようになり、主人を護るために急速に進化した種族だと言われていてね。
コボルトと違い進化途中の化石が見つかっていない事からも――」
リチャードの授業を皆大人しく聞いている中。
一人だけ授業を聞いているシエラの後ろ姿を見つめている生徒がいた。
お察しの通り、マリネスだ。
最後列の席から最前列の席の様子が見える階段状の教室だからこそ出来る事だ。
マリネスは授業開始前のシエラの話を思い出しながら顔を赤くしていた。
「――さて、コボルト種と我々の友人達獣人族の由来はこんな所だ、次にコボルト種の種類についてだが……ふむ、そろそろ時間かな?」
リチャードがそう言って教壇の上の資料を閉じたと同時に鐘の音が鳴った。
生徒達お待ちかねの休憩時間だ。
「続きは次の時間だな」
教壇に資料を置いたまま、リチャードは教室から出て休憩へと向かっていった。
その際、シエラが小さく手を振っているのが見えたリチャードはシエラに向かって手を上げて応えている。
「よし。お話ししよう」
「ぴ!」
リチャードを見送ったシエラがマリネスの席まで行くと、小説を読んでいるマリネスの後ろから耳元で囁く様に言った。
それに驚き、小さな悲鳴を上げて持っていた小説をマリネスは上に投げてしまう。
シエラはその小説を受け止め、あることに気が付く。
「あ、『剣王と大賢者』だ。
俺もコレ読んだよ。面白いよね、この本」
「あ、か、返して」
「もちろん返す」
シエラが返した本をマリネスは胸に抱く。
それこそ大切な宝物を守るように。
「本好きなんだね、俺も好きだよ。
剣王の主人公も好きなんだけど、脇役の剣士が一番好き」
「あ、わかります。普段軽口ばっかりなんですけど」
「うんうん。キメるときはキメるあの感じが良いよね」
趣味の小説が二人の距離を少し近付ける。
共通の話題を持つとコミュニケーションが円滑に進む、意図したわけでは無かったが、シエラはマリネスとの話題を獲得していたわけだ。
「ところで、パーティの件なんだけど」
「あ、えっと。その話は――」
「いや。ごめんね。急すぎたよね。だからさ、まずは友達になってくれない?
小説の話したいし、聞きたいし。
何よりセルグさんと仲良くなりたい」
「わ、私なんかが友達になって良いんでしょうか」
「良いに決まってる。俺は友達になりたい」