敬親の日に向けて
この世界にはある月のある週に敬親の日という日がある。
我々で言うところの敬老の日に近いが、どちらかと言えば父の日、母の日2つを合わせた日で両親に日頃の感謝を伝えたり贈り物をする、そんな祝日である。
その敬親の日を翌週に控え、子は親へ、親はその親への贈り物の為に色々考え用意をしていた。
「来週の為に小遣い稼ぎに行かないか?」
学校が終わり、いつもの三人、シエラ、リグス、ナースリーが公園の広場で木剣片手に遊んでいた時の事、座って休憩していた際にリグスが言った。
「小遣い稼ぎ……ミニクエストを受けるのか?」
「そうそう、来週敬親の日だろ? 両親に何かプレゼントでもしようかなって思ってな」
「私はお母さんと料理作るんだあ~。 シエラちゃんは?」
「俺は……何も考えてなかった」
考えてなかった。
というよりはそんな日があることを知らなかったシエラは空を見上げながらナースリーの質問に答え、同時にリチャードとアイリスの顔を思い浮かべる。
自分を拾ってもらい、育て、優しくしてくれているリチャードとアイリスに何か恩返しがしたい。
そう思い、シエラは2人に何をすれば良いか考えを巡らせる。
あの2人の事だ、恐らく何が欲しいか聞いても「気持ちだけで嬉しいよ」と言って何が欲しいかなんて答えないかも知れない。
それは恩返しがしたいシエラにとっての最適解ではない。
ならば密かに小遣いを稼ぎ、サプライズプレゼントを贈ろうとシエラは決心し、提案を持ち掛けたリグスに「分かった、一緒にミニクエスト受けよう」とその提案に賛同した。
ミニクエスト。それは冒険者養成学校にギルドから振り分けられた街の中やその近辺で発生した比較的安全な、いわゆる子供用のクエストだ。
犬の散歩をしてくれ、猫を探してくれ、馬の世話を手伝ってくれなど、まさにお遣いお手伝い。
故に生徒達からはミニクエストと呼ばれ、しばしば小遣い稼ぎに利用されている。
学校に持ち込まれたクエストは教員が生徒達の安全の為にクエスト内容や発注者の身元確認に奔走しているので、その為に人手は不足がち。
この日、実はリチャードも持ち込まれたクエストの裏取りの為にクエスト発注者の自宅を訪問したりしていた。
「よっしゃ、じゃあ明日からさっそくやるか」
「ん。やろう」
「私も手伝うよお」
「助かるぜナズ、ありがとうな」
「ううん良いの、私もプレゼント買いたいしねえ」
「出来ればもう一人誘いたいなあ。
リーフスライム討伐とかなら4人じゃないと駄目って言われてるし」
「明日クラスの誰かに声掛けてみない?」
「クラスに友達いない」
シエラの突然のカミングアウトに、リグスとナースリーが目を丸く見開いて悲しい発言をした本人を見た。
「おいおい、え? なんで?」
「みんな俺が話し掛けると逃げるから。……昨日もクラスの女の子に声掛けたら、顔赤くして逃げていった。
多分俺、皆に嫌われてるんだ」
「顔赤くして?」
元よりSランク冒険者の娘として一目置かれていたのに、交流会での剣聖との戦いぶりから一年生の憧れの的になっている事をシエラ本人は知らない。
それは男子生徒のみならず、シエラの物静かな性格と整った顔立ちから女子生徒からも「格好良い」と言わしめ羨望の眼差しで見られる程だった。
「それは多分シエラちゃんが、格好良いから皆照れてるんじゃない?」
「俺もそう思うぜシュタイナー。 お前はほらアレだよクールって言うんだっけ? それだからさ、嫌われてるとかじゃ無いと思うぜ?
だから、声掛けてみれば?」
「でも逃げるから……」
「それはほれ、こうやって手で逃げ道塞いで」
言いながら、リグスがナースリーの肩に手を乗せた。
それにナースリーは赤面してリグスを見つめる。
「確かに、赤くなっても逃げない」
「ん? どうしたナズ。顔真っ赤じゃん。疲れたか?」
「ううん。違うの。大丈夫、大丈夫だから」
「熱でもあんのか?」
恋心の分からない少年はナースリーの額に自分の額をくっつけ体温を確認する。
リグスにしてみれば親のやり方を真似しただけだったが、その距離感はもはやキス一歩手前。
その近さにナースリーは恥ずかしさから目を回して地面に倒れた。
「リグス。それ以上いけない」
「俺なんもしてなくない?」
「う~。リグスの阿呆ぉ!」
「はぁ!? なんだよ! 心配したんだろ!?」
地面に背を預け、真っ赤な顔を隠すように両手で覆ったナースリーの叫びが公園に響く。
今日も街は平和そのものだ。