シエラの挑戦
トールスが背中の大剣を抜いた事で周囲の生徒達がざわつき、ジリジリと後退していき二人を囲む輪が次第に広がっていく。
それというのもトールスの持つ大剣が子供達にとってはあまりにも巨大だからだ。
大人一人隠すことが出来る程の幅広の大剣。
そんな物を目の前で振り回されてはただただ危険でしかない。
「あの子には剣を抜くのか……」
先程トールスと手合わせをしていたリント少年が悔しそうに歯を食いしばり顔を歪める。
そんな事はお構いなしにシエラもトールスも正面に剣を構えて互いの刃を近付けていく。
木剣でも構える様に、軽々構えるトールスの身の丈程もある大剣とシエラが持つお子様サイズのロングソードがカチンと音を鳴らす。
手合わせが始まった。
先に動いたのはシエラだ。横に跳び、距離をあけてまず一射。
試し斬り人形をやすやすと破壊する高圧の水魔法を放つシエラ。
その水魔法をトールスは片手で振り上げた大剣で一刀両断する。
その瞬間を狙ってシエラがトールスの懐に駆け込んだ。
「ハハ! 良い踏み込みだ!」
「ありがと」
剣を横に振ろうとしたシエラにトールスが大剣を振り下ろす。
先に動いた筈のシエラだったが、トールスの剣速の方が随分速い。
その大剣を間一髪、先程と同じ様に横に跳び避けるシエラはトールスの大剣が地面を割るのを見た。
「コレを見て萎縮することもないか、度胸あるなあ妹弟子は」
「殺意が無いから」
「まあ、それはそうだ。可愛い妹に殺意は向けられない。例え今が戦時だとしてもな。
でもシエラちゃんは俺を殺す気で挑みな。
じゃないと……怪我するからな」
地面から大剣をゆっくり抜き、肩に担ぐトールスが空いている手で、クイックイッと手招きしてシエラを誘う。
シエラはその誘いに「ん。分かった」といつもの調子で乗り、腰を落とし、肩に担ぐ様に剣を構えた。
リチャードの剣の構えだ。
「様になってる。良く見てるって事だ」
シエラが駆け出した。
リチャードの剣の構えから一撃、剣を振り下ろしてはそれをトールスは小枝でも払うように大剣で打ち払う。
しかし、シエラは止まらない。
崩れた体勢から体をフィギュアスケートの選手さながら回転させて横に振った。
アイリスの剣の振り方だ、力に逆らわず、むしろ利用して剣に威力を相乗する。
更には至近距離ライフルによる射撃。
この連撃にトールスは冷や汗を滲ませた。
だが、剣聖の名は伊達では無い。
その連撃すらトールスは大剣で受け流し、打ち払い、無傷で凌いで見せる。
ここからはシエラも更に速度を上げた。
連撃を繰り返し、反撃されれば距離を離してライフルから曲がる魔力弾を数発射出し、弾丸とともにトールスに肉迫する。
二人の顔に笑顔が浮かんでいる。
まるで歳の離れた兄妹がじゃれ合って遊んでいるような……そんな様子を遠巻きに見ていたリチャードは微笑みを浮かべていた。
「どうしたシエラ! 動きが鈍ってきたぞ! 疲れたか!?」
「ま、まだ、大丈夫!」
トールスに言われ剣を振り、ライフルの銃口を向け、シエラは考えつく限りの戦法で剣聖に挑む。
その鬼気迫る様子に周囲で見ていた生徒達は戦慄し、更に距離を離して行った
そして、いよいよシエラの体力も尽きてきたか、一瞬動きが鈍ったのを見たトールスは大剣を振り下ろし、シエラの眼前で止める。
トールスの大剣の剣圧が風になってシエラの青い髪を優しく撫でた。
「おお~。目も瞑らないか。ほんと、とんでもないなあ」
「はぁはぁ。……負けた」
「ハッハッハ! そりゃあなあ。でも正直驚いた。まさかここまで動けるなんてなあ。
いやはや、俺の観察眼はまだまだだなあ。先生の足元には遥かに及ばないや」
肩で息をするシエラを汗一つかいていないトールスが撫でながら言った。
それは剣聖からの、兄弟子からの最大の賛辞。
シエラはそれが、嬉しくてトールスに微笑んで見せた。