割り込みは止めようね
トールスの下へ歩み寄ろうとするシエラはトールスを囲む剣士志望の生徒たちの壁に阻まれて目的地に辿り着けないでいた。
剣士は将来冒険者を生業としようとする者だけでなく、騎士を目指す貴族の少年少女にとっても憧れの存在。 緋色の剣の中でもトールスの人気は一際なわけだ。
一息に人垣を飛び越えようかと考えたシエラがその輪から少し離れた時だった。
「トールス様!」
一人の生徒がトールスの前に立った。
新入生のシエラや他のクラスメイトより背は高く、その立ち居振る舞いからシエラたちより年上。上級生だというのがうかがえる。
「Aクラス、リント・ツー・アルストルと申します」
「おお、アルストル伯のご子息か。御父上には式典で会ったことがあるよ」
「不躾ながら私と剣を合わせていただけませんか」
「う〜ん。先約があるんだけどなあ……シエラちゃん! 構わないかい⁉」
離れた位置にいたシエラにトールスが声を上げて報せた。
その声とトールスの視線に人垣の視線がシエラに一斉に向けられるが、シエラはお構いなしだ。駆けだす為に下げていた腰を上げてトールスに向かって黙って頷いた。
「女の子のくせにトールス様と剣を合わせる約束を?」
「言うじゃないか、子供のくせに」
「う、し、失礼しました」
「それに……いや、実力の程はこの後わかるさ。
さて、挑まれたからには応えよう、君はその腰の剣を使うといいよ僕は持って来たこいつを使うとしよう」
リントにトールスはそう言うとポケットから取り出した食事に使う小さなナイフを取り出した。
刃先は丸く、刃の部分もギザギザに加工され大方人を殺傷することができそうにないソレを、トールスはリントに向けた。
「背中の剣は抜いていただけないのですか?」
「すまんな、こいつは誰かに何かを教えるには向いてないんだ」
トールスは言いながら背中に担いでいる大剣を親指で指す。
少し残念そうではあったが、それでも剣聖と剣を合わせる誉は与えられた。
リント少年は腰の剣を抜いて構え、トールスに近付いていった。
「よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
剣士同士の決闘の合図は剣と剣が接触しカチンと音を立てる事。この場合剣とナイフだが、ともあれ手合わせが始まった
リント少年が振る剣をトールスは当たり前のように受け、捌く。
当然と言えば当然だが、その実力差は圧倒的だ。
どれだけリント少年が剣をトールスに打ち込もうが、トールスは微動だにしない。
そう、微動だにしていないのだ。
食器のナイフで剣を受けながら、一切その場から動かない。
足は肩幅に開かれ、直立の状態でトールスはリント少年の剣を受け続けていた。
そんな攻防とも呼べない圧倒的な実力差に、リント少年はあっという間に汗だくになり、大きく呼吸をしているのが分かるほどに肩を上下に揺らしている。
「こんなにも、遠いなんて」
「終わりかな?」
「まだ、まだです!」
「いや、終わりだ」
リント少年が今一度トールスに斬りかかる。しかし、リント少年が振った剣にナイフを合わせて振ったトールスは、鋼鉄でできたリント少年の剣を銀製の食器ナイフでもって、斬った。
「そんな、ナイフなんかで」
「強化魔法が甘いなあ、剣技はそこそこいい線いってるんだ、剣士を目指すからって魔法を蔑ろにしてはいけない、OK?」
「はい、わかりました。 ありがとうございます」
半ばほどから折れた剣の先を拾い上げ柄の方は鞘にしまい、リント少年は深々とお辞儀をして人垣の方へと向かって行った。
さて、次はシエラの番なのだが、リント少年とトールスの手合わせを見て中てられたか、剣士志望の少年少女達は「次は僕と!」「次は私と!」とトールスに迫った。
全員を追い払うにしても薙ぎ払うわけにもいかず、トールスが困っているとシビレを切らしたシエラが一歩、人垣の方へと歩き出した。
「どいて、次は……俺だ」
殺気、と言うよりは闘気か。シエラが放ったそれが、人垣に道を作った。
他の生徒が一年生のシエラを、10歳の少女を恐れたのだ。
触らぬ神に祟りなし、危うきに近寄らず。
戦いを知らない子供達が持った一番近しい感覚は、両親に悪戯がバレて怒られる寸前、今にも怒鳴られそうなそんな瞬間のあの雰囲気。それをシエラから皆一様に感じていた。
さながらモーゼが海を割ったようにシエラの前にトールスまでの道が一直線に出来上がったのだ。
「おまたせ、トールス兄ちゃん」
「兄ちゃん?」
「うん。俺にとって緋色の剣の皆は兄さんと姉さんみたいなもんだと思うから」
「ハハハ。怖い妹が出来たもんだな」
「怖い?」
「君の歳で闘気を纏えるなんて、正直意味が分かんねえ。流石先生の娘……流石俺達の妹だ。
さあ、約束通り……やろうか」
「親父が言ってた。戦う相手に怖がられるのは褒められてるのと一緒だっ、て。ありがとう兄ちゃん。
今の俺ではまだ届かないけど、それでも……全力でいくね?」
シエラが腰の鞘から剣を抜き、肩から魔導銃を下ろして手に握る。
だらりと力なく剣と銃を下げて構えるシエラの姿に、トールスはいつか手合わせするために相対したギルドマスター、アイリスの姿を重ねて見ていた。
「ああ、こいつはほんとにとんでもねえんじゃねえか?」
トールスがナイフを腰のポーチに片付け背中の大剣を抜いた。
依怙贔屓などではない。
そうする必要があると感じたのだ。