手合わせの前に
翌日の学校は予想通りのお祭り騒ぎだった。
緋色の剣の面々の登場で校庭に並ぶ生徒たちは歓声を上げた。
新入生たちは全校生徒の中でも最前列に並んでいたためミリアリスがシエラを見つけて手を振れば、勘違いしたシエラのクラスの男子たちは顔を赤くしてモジモジと照れている。
「では、交流会を始めるが、失礼のないようにな」
バルザス校長の言葉と共に交流会は始まった。
こういう時、冒険者を目指している生徒たちは剣士ならトールスの下へ、魔法が使えてヒーラーを目指している者はミリアリスの下へと将来目指したい先輩たちの下へ話を聞きに行く。
手合わせの約束をしているシエラも真っ先にトールスの下へと向かう……かと思われたがシエラが向かったのは緋色の剣のもう一人のアタッカー、魔法使いにして召喚士の青年リンネの所だった。
「やあシエラちゃん。この後トールスと手合わせするんだろ? どうしたんだい? 僕の所なんかに来て」
「えっと、リンネさんに聞きたいことがあって」
「ふむふむ。ちょっと待ってね」
交流会というからにはシエラ一人を優先するのもどうかと考えたのかリンネは魔法を一つ発動した。
魔力による分身の製作。並列思考すら搭載したこの魔法はこの青年リンネの使える魔法の中でも相当に高度、高次元の魔法だ。
本来は分身体との連携で魔法の威力を相乗したり、分身が魔法を使っている間に本体が召喚魔法を使うなどと連携の為に用いられるそれを、リンネは恩師の娘と話すためだけに使い、他の生徒の相手は分身体が務めた。
この魔法が見られるだけでも魔法使いを目指す少年少女たちにとっては最高の経験だ、ありがたがられこそすれ、文句を言う生徒など一人もいなかった。
「昨日家で皆の鍛錬の記録を見てた」
「ああ~。先生が書いてたあれかあ。なにか気になる事でも書いてたのかい?」
「リンネさん、トールスさんに一回模擬戦で勝ってたからどうやったのかなって」
「ああ、えっと~?」
校庭の砂がローブに付くのもお構いなし、肩までの黒髪を搔きながらリンネは膝を付きシエラに視線を合わせると掛けているモノクル外して当時の事を思い出そうとしているのか、何か言いよどんだ。
「シエラが言っているのはリンネ、君が山一つ吹き飛ばした時の話だよ」
悩むリンネの代わりに応えたのは二人に近付いてきたリチャードだった。
「え、ああ。あの時のですか? あれはでも模擬戦っていうわけではないし……勝ったって言えるんですかねえ?
使役できる召喚獣全てと魔法による分身体、全てを動員して辺り一面吹き飛ばしてやっと片膝を付かせただけですよ?」
「まあ確かに規模の割に成果がなあ。
などと言うと思ったかい? あの時君が攻撃を逸らしたから良かったものの、直撃していたなら確実にトールスは死んでいたんだぞ?」
「いやあお恥かしい。誤解があったとは言え喧嘩であんなことを」
「喧嘩はダメだよ」
「ハハハ。君はお父さんと一緒で優しいね。
でも大丈夫さ、あいつとは……親友だからね」
シエラに言われ、青年はバツが悪そうに笑うとシエラの頭を撫でて立ち上がった。
その時だった、シエラを撫でた手を見ながらリンネが眉をひそめた。
「先生、この子……」
「何か視えたかい? 天才魔法使い君」
「魔力の総量が普通の十歳の女の子のそれじゃありませんよ? どんな鍛えかたしたらこうなるんです?」
「それは恐らく加護の影響だと思うがね。魔法関係はアイリスに任せっきりだから正直分からん」
「教え甲斐がありますね、こんな子が自分の弟子だったなら僕だって自分の知ってる魔法全部教え込みます」
再びシエラを撫でながら、微笑むリンネ。
シエラはそんなリンネを見ながら「またいつか召喚魔法教えてください」と言ってリンネから離れトールスの方へと歩いて行った。
「あらら。嫌われましたかね?」
「いいや、あの子は嫌いならどんな相手にでも嫌いと言う子さ」
実際シエラは緋色の剣のメンバーの事は誰一人嫌っていない。
それどころかリチャードを先生と呼び慕う彼らの事は兄や姉のように思っているほどなのだ。
ただ今回は「流石に山は吹き飛ばせない」と、トールスと戦うための参考にならなかった事だけが残念という感じだった。