夕暮れ時
「俺は、アンタの事なんて呼べば良い? リチャードって呼べば良いのか?」
リチャードに撫でられながら、ふとシエラの放った言葉にリチャードはシエラの頭から手を離すと、顎に手を当て、シエラからの問いかけについて考える。
リチャードからすれば名前を呼んで貰うのは一向に構わないが、例えば、一緒に街に出掛けた時など周囲の人達に幼女を侍らせている不審者と思われるかも知れない。
考え過ぎだが同時に事実でもある。しかし、それで憲兵等に目を付けられるのはナンセンスだ。
ならば、と、リチャードは手をポンと叩いた。
「私の事は父親と思ってくれて良い。シエラは私の養子と言うことにしよう。家にいるときは私の事はリチャードと呼んで構わないが、私と外出した時はお父さん、お父様、パパ、と。まあシエラが呼びやすいように呼んでくれ」
「……パパは、なんか恥ずかしい」
リチャードの提案に言葉通り恥ずかしくなり顔を赤らめ、シエラは下を向いて呟いた。
「親父、とかでも良いか?」
「女の子らしさに欠けるが。まあ、構わないよ」
可愛いらしい顔と言葉遣いの差に苦笑しながら応えるリチャードは、ふと視線の端に映った窓の外がオレンジ色に染まっている事に気がつく。
それと同時にシエラの腹からクゥ、と可愛らしい音が鳴った。
「そろそろ夕飯にしようか。何か食べたい物はあるかい? いや待てよ? いきなりがっつりと肉を食べさせるのは痩せた体には危険か?
栄養面を考えれば野菜スープが良いか? となれば、夕飯はスープとパン、いや東の大国で手に入れた米を柔らかく炊いて……ふむ、よし。シエラ、私は夕飯を作ってくるから寝室へ行って着替えてきなさい」
「俺は、コレで良い」
リチャードに着替えるように促されるが、シエラは着ているリチャードのブカブカのシャツを愛おしそうに手繰り寄せた。
正面から見ると色々見えそうで危ない。
「う~ん……そうかあ。シエラの為にせっかく買ってきた物だったから、着て見せて欲しかったんだがなあ」
「……分かった。着替えてくる」
わざとらしく、残念そうに言ったリチャードの思惑通り、シエラは恩人の期待に応えなければと渋々寝室へと向かっていった。
足取りはしっかりしているが、いかんせん長年路地裏での生活が長かったシエラだ。後ろから見ていると今にも倒れるのではないかと心配になる。
明日は診療院にでも連れて行って病気を患っていないか診てもらおう。
リチャードはそんな事を考えながらシエラに続いてリビングを出ると、キッチンに向かい、夕飯の準備を始めた。
野菜を切り、スープを煮込み、米を炊く。
一人暮らしの独身男性ではあるが、リチャードは料理が好きだった。
パーティでクエストを受け、遠征していた時も女性陣に混じってリチャードは食事を作っていた程だ。
昔の事を思い出しながら、しばらく夕飯の準備をしていると、後ろからの気配に気が付き、リチャードは振り向く。
そこには買ってきた服の中で1番楽に着れそうなワンピースを着たシエラが、キッチンの出入り口の扉に半分隠れるように立っていた。
「お、よく似合ってるな」
「こういう服、初めて着たから、よく分からなくて。へ、変じゃないか?」
「変なものか、可愛らしいよ。さて、すまないが夕飯にはもう少し掛かる、隣の部屋がダイニングだから、少し待っててくれ」
「……やだ、ここで見てる」
「そうか、分かった。まあ立ちっぱなしは疲れるだろう、見てる分には構わないからそこの椅子に座っていなさい」
「……分かった」