入所式の後、一人での帰宅
シエラと出会ってからと言うもの、家から出掛ける時は二人、帰るときも二人だった。
入所式を終え、リチャードは明日からの勤務に備えてからの帰宅となった。
シエラはアイリスが連れて帰ってくれたので、リチャードにとっては、とんと忘れていたが今日がしばらくぶりの一人での帰宅になったわけだ。
「自分の家に帰る筈なのに、緊張するのは何故だろうか」
そんな事を考えながら自宅に到着したリチャードは、玄関のドアノブを回して扉を開き「た、ただいま」と普段言い慣れない言葉で帰宅を知らせる。
冒険者として現役の頃、自宅をパーティの拠点にしていた時は皆で帰ってきて「はあ~、あのドラゴン強かったなあ」などとボヤきながら帰宅していた。
思えば「ただいま」と言ったのは両親が生きていた時以来、本当に久々だった。
「おかえりなさい、リック」
「おかえり、リチャード」
リチャードの声に、シエラとアイリスがリビングから出てきてリチャードを廊下で迎える。
愛する娘と婚約者に迎えられる事が嬉しくて、リチャードは二人に微笑んだ。
堅苦しい礼服の上着を脱げば、それをアイリスが受け取り、鞄を下ろそうとすれば、それをシエラが受け取る。
いたれりつくせりとはこの事か、リチャードはそんな事を思い少しの申し訳無さに戸惑っていると、アイリスに腕を組まれた。
「着替えてお風呂入ってきたら? 夕食の準備はしておくから」
「あ、ああ。そうだな、そうさせて貰うよ。
シエラはどうする? 今日もアイリスとお風呂にするかい?」
「今日は、うーん…………リチャードとお風呂入る」
アイリスに負けじと、というわけではないが、シエラがリチャードと手を繋ぎながらそう言ってアイリスを見る。
「それじゃあ」と、アイリスはリチャードの腕を離し、シエラから鞄を受け取ると、片手でリチャードの上着と鞄を持って「ゆっくり温まってらっしゃい」と空いた手でシエラの頬を撫でた。
嬉しかったのだろう。
シエラはその手を愛おしそうに触れ、頬を擦り寄せる。
「……私も一緒にお風呂入ろうかしら」
「流石に三人は無理だぞ」
「アイリスとは明日、一緒にお風呂入る」
「嬉しい事言ってくれるわねえシエラちゃん。ああ、私の娘超可愛い」
「私“達”の娘な?」
「ふふん、分かってるわよ。じゃあ二人共、いってらっしゃい」
「ああ、夕食楽しみにしてるよ」
「今日はハンバーグ」
「お、それは楽しみだなあ」
リチャードとシエラは廊下を風呂場に向かって歩き出し、アイリスはリチャードの礼服の上着と鞄を持ってリチャードの私室へ向かう。
一人暮らしでは味わえない、家族と過ごす一瞬一瞬をアイリスは、いや三人が三人、共に過ごすこの1分、1秒、という短い時間すらを愛しく感じていた。
風呂場に親子二人、体を洗い頭を洗い「ああ~」と、どうしても漏れてしまう声を抑えることもなく、お湯が張られた湯船に浸かる。
溢れるお湯の音すら心地良い空間、それが、風呂。
そんな憩いの空間で、リチャードは入学式の時、シエラが話していた事を聞く事にした。
「シエラ、入所式の挨拶、ちゃんと出来てたな。
良かった、良い挨拶だったと思うよ。
まさか以前話していた事を覚えていたとはね」
「忘れるわけないよ。リチャードから貰った大事な夢だからな。
あの時の話だけじゃない。
リチャードに貰った大事な言葉は、全部ここで覚えてる」
リチャードに背を向けて、湯船に浸かるシエラが全く胸に手を当ててそんな事を言うものだから、リチャードは感極まって泣いてしまいそうになる。
しかし、男としての意地か、はたまた父親としての矜恃か、リチャードは風呂場の天井を睨み「……そうか」と呟きながら涙を堪え、シエラの頭を撫でた。
そのあとは風呂から上がって三人仲良くアイリスお手製のハンバーグやサラダを食べ、いつものようにリビングで団欒した後。
アイリスにはアイリス用の部屋とベッドもあるが、今日も今日とて三人並んでシエラを挟んでリチャードのベッドを置いている寝室で眠った。