入所式の挨拶
冒険者養成所の入所式が始まった。
どんな教育機関でもお馴染みの責任者の挨拶からだ。
とは言えこの冒険者養成所の所長、バルザス・ベルチェ氏。
体格は筋骨隆々の大男で左目に眼帯。
左腕、左足は義手義足という出で立ちなので、会ったことのある保護者の方などは問題なかったが、初めて会った保護者や新入生の少年少女達は恐れ慄き、端的に言えば、やや引いていた。
ただ一人、新入生の中でシエラだけが所長の鎧のような義手義足に興味があるのか、目を輝かせている。
「――というわけで、諸君の成長を祈る。
では、新任のリチャード・シュタイナー教官からも何かお言葉を頂こう。
リチャード教官、どうぞ壇上に」
所長の義手義足には武器が仕込まれているのでは? と、シエラが興奮しながら妄想していると、校長先生から父の名が出たのでハッとして正気に戻る。
そんなシエラの様子を見ていた所長、バルザスと教員席から壇上へと向かったリチャードが壇上の上ですれ違うが、その際に「あの青い髪の少女が君の娘かね」とバルザスに聞かれたリチャードは「そうです」と答える。
「君が子供の頃に私と初めて会った時と同じだ、私の姿に怖気けんとは。血は繋がってないと聞いたが、親子で似るものだな」
「そう言って頂けると、親としては喜ばずにはいられませんね」
「またゆっくり話そうリック坊や、いや。リチャード」
「ええ、いずれ」
短く言葉を交わしたリチャードはバルザスと代わる形で講堂の壇上に上がると設置された拡声機の前へと向かう。
長身のバルザスが使用していたそのスタンドマイクの様な拡声機に触れ、組込まれた魔石に魔力を流し高さを調整したリチャードは、新任の挨拶の為、講堂に用意された椅子に座る新入生に視線を落とすと口を開いた。
「所長のバルザス殿から紹介いただきました、リチャード・シュタイナーです。
はじめまして、皆さん。入所おめでとうございます。
あまり長い挨拶もなんなので手短に。
私は元Sランク冒険者ですが今は引退した身。
そんな私ですが、教えられることは最大限教えていきます。
冒険者を目指す皆さんや騎士を目指す皆さんが将来いつか養成所に行ってて良かったと思えるよう、努めていくつもりなので一緒に頑張りましょう。私からは以上です」
リチャードの挨拶に講堂から拍手が響いた。
その拍手に応えるようにリチャードはお辞儀をして、壇上から下りるために歩き出す。
「では、次に来賓の冒険者ギルドのギルドマスター、アイリス殿にお言葉を頂こう。
アイリス殿、壇上にお越し頂けるかな?」
案内役の教師が舞台袖で別の拡声機を使い、言って来賓席を見るが、そこにアイリスの姿はもちろん無い。
案内役の教師が「おや?」と思っていると、アイリスが保護者席からやって来たのを見て「席を間違われましたか?」と教師が聞くが、アイリスは微笑みを浮かべると「いえいえ。まちがってなんかいないわ」と言って壇上に上がった。
「入所おめでとうございます皆さん。
冒険者ギルドのギルドマスター、アイリス・エル・シーリンです、今はね。
さて、これから冒険者を目指す皆さん、短い養成所での勉強期間お互いに刺激しあえる関係を築いていって下さい。
冒険者は助け合いが常、一人の生徒を大勢でイジメるような事が無いようにね。
では今後の健勝と活躍を祈ると共に、将来皆さんが高ランク冒険者になれると期待して、私の挨拶は終わります。
良い養成所生活を!」
手慣れた感じで簡単に挨拶を終えたアイリスは、拍手を背に受けながら軽やかな足取りで壇上から去ると、やはり来賓席には行かずに元の保護者席に帰り、腰を下ろした。
「では、最後に、新入生から首席合格者のシエラ・シュタイナーさん。
挨拶と何か一言貰えるかな?」
案内役の教官に言われ、シエラは立ち上がった。
父と母になる女性がさっきまで立っていた壇上に立つ、本来なら緊張して萎縮してしまいそうなものだが、眼下にリチャードとアイリスがいる。
シエラにはそれだけで良かった。
それだけで、心は乱されなかった。
「はじめまして、シエラ・シュタイナーです。
将来の夢。いや、俺の目標はSランク冒険者より上のEX。
お父さんが叶えられなかった、届かなかった場所に行く事です。
……これから、これからも頑張ります、よろしくおねがいします」
事前に用意していた言葉ではない。
これが今のシエラの本心、本音。
その言葉は拾い育ててくれたリチャードに対するシエラなりの恩返しの言葉。
そんなシエラの言葉を真意を汲み取ってか、リチャードは他人の目を気にすることなく静かに涙をこぼし、それでも嬉しさから微笑んだのだった。