入所式の直前に
冒険者養成所への入所式までにアイリスは自宅を引き払い、リチャードとシエラの家に引っ越す運びとなった。
ギルドマスター就任当初こそ一等地に屋敷とまでは言わないが立派な一軒家を持っていたアイリスだったが、職場と家を行き来しているだけの生活を続けているうちに「一軒家の維持費無駄だなあ」と思い、アイリスは今の小綺麗で小さな家を購入していた。
その小さな家から、アイリスは二度目の引っ越しをしたわけだ。
「じゃあ、行きましょうか」
「ギルドの制服で行くのかい?」
「そりゃあまあ。ギルドマスターとして挨拶しなきゃだし」
「三人で登校、嬉しい」
礼服を着たリチャードと、いつものギルドの制服姿のアイリス、そして普段着のシエラが三人で手を繋いで養成所までの道を歩いていた。
昨日引っ越しと荷解きを終え、今日から新生活を迎える三人の表情は明るい。
養成所に到着した三人は入所式の為に講堂へと向かう。
この街の冒険者ギルドのギルドマスター、アイリスはその美麗な外見もそうだが、ギルドの制服の上から式典用のマントも羽織っているため養成所では生徒のみならず、貴族の少年少女達の保護者からも注目の的だった。
「アイリス殿! お久しぶりで御座います。
本日はお日柄も良く――」
などと面識があるのであろう貴族の方々はアイリスを見るや挨拶に訪れた。
「おや、アイリス殿。今期首席の少女に早速目を付けられたのですか?
いやあ凄かったからですからねえ、お隣の男性は親御さんですかな?」
「リチャード・シュタイナーです。これから娘がこちらでお世話になります。
お子さんと仲良く出来れば良いのですが――」
「リチャード、リチャード・シュタイナー!
Sランク冒険者、英雄5人を率いていたあのリチャード・シュタイナー!?」
「今は引退した身で、今日からは此処の教官になります。
よろしくおねがいします」
「あいや! こちらこそ! こちらこそうちの息子をよろしくおねがいします!」
と、この貴族だけでなく講堂の前でこの話しを聞き付けた保護者達が気が付けば子供を連れて三人の前に挨拶の列を作っていた。
その様子は貴族のパーティ会場での挨拶合戦さながらだ。
「あの、僭越ながら御三方はどういうご関係で?」
挨拶に来た貴族のうちの一人が、周囲が気になっている事を聞いた。
その質問にアイリスは少しも戸惑う事なく「婚約者と娘だよ」とその貴族に笑って見せる。
「アイリスは、お母さんになる人」
「あら嬉しい」
内心飛び跳ねて喜びたい衝動を抑え込むアイリス。
それでもシエラに「お母さん」と呼ばれた事からアイリスの口角が上がってニヤつく表情は隠せなかった。
挨拶が終わるのを見計らっていたわけではないのだろうが、丁度そんな時に講堂の扉が開き中から出てきた教官が中に入るように案内をしたので、講堂前に集まっていた全員が講堂に向かって歩き出す。
「ではシエラ、私は職員席に行ってくるよ」
「ん。分かった、行ってらっしゃい」
「私は呼ばれるまで保護者席にいるわね」
今日から三人での生活と、リチャードとシエラの養成所生活が始まる。