合格祝い
試験が終わったその日の晩。
リチャード宅のキッチンにはいつもより肉料理が多めに食卓に並んでいた。
もちろんリチャード、シエラ、アイリスの三人分だ。
「ああ、やっぱりシエラちゃんだったかあ」
夕飯時、シエラから試し斬り人形を破壊した事を聞いたアイリスが呟いた。
アイリスがギルドの仕事中、養成学校からある連絡を受け取った。
それというのも鍛錬に使用する試し斬り人形が二体損壊した為、同じ物を発注して欲しいという内容だったのだ。
その連絡を受け、アイリスの脳裏に無表情でVサインをしているシエラの姿が過ぎった。
「……ありえるわね」
アイリスは苦笑しながら発注書にサインして、事の真意を確かめるために夕食時、試験の事を聞こうと思っていたところシエラ、本人から「今日の試験で人形2つ壊したよ」と誇らしげに言ってきたので「ああ――」という反応をしたのだ。
「学校から連絡があったわ。人形2つ発注してくれって」
「壊しちゃ駄目だったか?」
「いいえ、そんな事は無いわよ。工房にストックがあるはずだしね」
アイリスの言葉に申し訳無さそうに眉をひそめるシエラにアイリスは首を横に振ってから手を伸ばし、シエラの頭を撫でた。
シエラの冒険者養成学校、首席合格でAクラス入学を祝い、用意した食事を食べ終わると、リチャードはシエラが一番好きなデザートを保冷庫から取り出した。
生クリームを乗せたプリンだ。
「おー、プリンだ」
それを見た途端、シエラの瞳が輝いた。
プリンを受け取り、美味しそうに咀嚼するシエラを見ていたリチャードとアイリス、二人が微笑む。
そんな時、思い出したように「そういえば」とリチャードが話しを切り出した。
「アイリス、引っ越しの準備はどうだい? まだ終わりそうにないなら手伝いに行くが」
「引っ越しの準備は大体終わってるわ、あとは運ぶだけなんだけどねえ。
なかなか予定が合わなくて、仕事もあるし、どうしようかと思ってねえ。
次の地の日にでも一気に運ぼうかしら」
「俺、早くアイリスと暮らしたい」
「良し分かったわ! 明日引っ越してくるわね」
「おい、流石に無理だぞ」
甘いプリンを食べながら言ったシエラに、甘々なアイリスがシエラに抱き着く。
そんな様子を見ながらリチャードは苦笑していた。
リチャードとアイリスの交際にあたって広い一軒家のリチャード宅に引っ越す事をアイリスが決め、リチャードもシエラも大賛成、入学式の日までに家の大掃除と片付けの算段をリチャードとシエラはたてていたが、アイリスの仕事が忙しく、引っ越すタイミングを逸していた。
「まあ、最悪クエストを発注するという手もあるにはあるのだけど」
「引っ越しに冒険者を使う気かい? 職権乱用だなあ」
「冗談よ冗談」
「アイリスまだ引っ越してこないの?」
「直ぐに引っ越してくるわ。ちょっとだけ待っててね。
今日は泊まるからまた一緒に寝ましょ?」
「今日は、リチャードとアイリスの間で寝る」
「ううむ。ベッドのサイズギリギリだなあ」
などとリチャードは言っていたが、その日はシエラの要望通りシエラを挟んで川の字で眠ることになったのだった。