入所試験へ
川に遊びに行った地の日の休日から数日後。
遂にシエラの入所試験の日がやってきた。
この日に備え、用意した礼服を着てリチャードはシエラと共に家を出た。
親が試験に同伴するのは貴族だけだが、今日はリチャードの赴任の日でもある。
緊張はしていなかったが、リチャードもシエラも今日はどことなく不安にかられていた。
というのも昨晩アイリスから今年の入所試験には先に述べたように貴族の子供に試験を受ける者がいると聞いたからだ。
基本的にこの世界の貴族は一度は冒険者を経験する慣例が存在する。
下々の生活を体験するという考えからではなく、この国が如何に冒険者という存在に支えられ、助けられているかを認識させるために貴族が冒険者を経験するのだ。
しかし、価値観の違いから問題が起こらないはずも無く。
リチャードはシエラが、シエラは自分自身がそういう上流階級の子供と問題を起こさないか不安だった。
「なあ親父、俺皆と仲良く出来るかな?」
「うーむ難しい話しをするなあシエラは。
良いかい? 私達人が人である以上、万人と分かり合える事は絶対に無いんだ。
人というのは千差万別だからね。
あ~、まあ。簡単に言うと皆違う考え方をするから、仲良く出来る人と仲良く出来ない人は絶対に出てくるって言えば分かるかい?」
「ん、分かる」
「だから、無理に全員と仲良くなる必要は無いよ。
シエラが仲良くなりたいと思った子と仲良くなれば良い。
そして、その子が困っていたら助けてあげなさい、そうしていけば友達になれる」
「……友達……」
養成所までの道すがら手を繋いで歩くリチャードとシエラはそんな話しをしていた。
カチャカチャ鳴るシエラの腰の剣と肩に担がれた魔導銃を見て、すれ違った顔見知りが「お、遂にシエラちゃんも入学かあ」と挨拶を交わしながら歩いていれば、学校まではあっという間に到着する事になった。
養成所の門の前には看板が立て掛けられ、そこに試験会場はあちらですと書かれており、その看板の直ぐ横に眼鏡を掛けた教官らしき細見の男性が立っていた。
「失礼、今日からこちらに赴任する事になったリチャード・シュタイナーです」
「おお、あなたが、あのシュタイナー様。
話は伺ってます。案内致しますので此方へ。娘さんは試験をお受けになるので?」
「ええ。ほら、シエラ。挨拶しなさい」
「ん。シエラ・シュタイナーです。おはようございます……先生、で良いの?」
「うん、僕はこの養成所の教官の一人だよ、よろしくね。
では娘さんはまず屋内鍛錬場へ行ってもらいます、少し時間が早いので待ちますが大丈夫ですか?」
「ん。大丈夫、です」
「シエラ、頑張るんだぞ」
「ん。頑張る」
「鍛錬場の前にこの看板と同じ看板があるから近くで待っててくださいね。
時間が来たら案内がありますので、それまでは自由に休んでいて下さい」
「はい。分かりました」
シエラに手を振りリチャードは養成所屋内の方へ、シエラはその建屋をグルっと回って向こう側にある屋内鍛錬場の方向へと一人歩いていく。
その様子に眼鏡を掛けた教官が「流石はと言うべきなんでしょうか」と呟いた。
「どうしました?」
「ああいえ、養成所の前までは皆さん、親御さんと来られるんで表情も明るくやる気にも満ち溢れているんですが、一人になるとやはりどこかオドオドしたりするものなんです。
しかし、娘さんの後ろ姿はなんと言いますか、頼もしさすら感じましてね。 ……振り返りすらしませんでしたからねえ」
「ハハハ、中々でしょう? 私の自慢の娘です」