リチャードが薪を拾ってる間の2人
リチャードが薪を拾いに行っている間、シエラとアイリスは言うまでもなく二人きりになるわけだが、リチャード抜きで二人きりになるのはまだ2回目。
共通の話題が199歳のエルフと10歳の人間の少女に直ぐに生まれるわけもなく、敷物の上に座る二人は沈黙していた。
だが、アイリスからすれば好きな人の娘。
さらに言えばアイリス自身も素直で良い子のシエラを気に入っている。
となれば年長者である自分がシエラを退屈させるわけにはいかないと思ってか、意を決したアイリスは持ってきたサンドイッチの入ったバスケットに手を伸ばした。
「ねえシエラちゃん、お腹減らない? サンドイッチ作って来たんだけど」
「……買ってきたんじゃないの?」
「嘘付いてました。ごめんなさい、自作です」
「アイリスのやつなら食べる」
「ホントに? じゃ、じゃあ……」
子供の無邪気で無自覚な言葉は時に刃物のように大人の心を貫く。
無自覚ドSな感じがどこかリチャードに似てきたな、と思いながらアイリスは持参したバスケットをシエラに差し出し、蓋を開けた。
しかしまあ、街の中を全力以上の速度で走ったり、屋根から屋根に跳び移ったりしたアイリスが手に持っていたバスケットの中身が無事なはずも無く。
「斬新な、サンドイッチ?」
「崩れてる、どころかグチャグチャだわ」
もはやパンが混ざった、たまごサラダなのかハムサラダなのか、もういっそそういう料理ですと言った方が良さそうなサンドイッチだった物がバスケットの中で爆発したのかと思うほどに散らばっていた。
一緒に入れていた革の水筒にも被害甚大で、スクランブルエッグやらマヨネーズやらが付着しており、アイリスのバスケットの中は混沌としている。
そんな惨状を招いた本人は両膝、両手を地に付き絶望の様相だった。
「うう、なんでこんな事に――」
走り回ったからです。
しかし、シエラはお構いなしにバスケットに手を突っ込むと、パンを持ちあげてそのパンに散乱した具材を乗せると、それをそのまま口に運んでパクリと頬張る。
そんなシエラの行動にアイリスは「シエラちゃん!?」と声を上げるが、シエラはもう一口、手に持ったサンドイッチだったものを当たり前のように口に放り込んだ。
「どうしたの? アイリス食べないの? 美味しいよ?」
「そんな、無理に食べないでも良いのよ?」
「無理? 砂も泥もゴミもついてないから大丈夫だよ」
シエラに言われて、アイリスはリチャードが言っていた事を思い出していた。
シエラは捨て子で、スラムや街の路地裏を住処にしていたのだと言うことを。
そんなシエラから見ればバスケットの中に入っているサンドイッチが爆散していようとも、サンドイッチはサンドイッチ。
食べ物は食べ物なのだ。
「ごめんなさいねシエラちゃん。今度はもっと美味しい物を作ってくるから」
「料理は親父の方が上手」
「ぐふぅ。あ、いやでも、えっとほら、あの――」
「エヘヘ、冗談だよアイリス。アイリスの料理も美味しくて好きだよ。
だからまた3人でご飯食べようね」
「シエラちゃん……」
3人でご飯を食べようと言ったシエラがアイリスに向かって微笑んだ。
その笑顔は今まで見た限りではリチャードにしか向けた事がない、シエラが信頼した人間にしか見せない屈託のない笑顔だった。