アイリスと合流したので3人で川上を目指す
草原を、釣り竿片手にリチャードとシエラは歩いていた。
目的地である川は目前だ。
元気に降り注ぐ太陽の陽光が2人の肌にじんわり汗を滲ませていく。
そんな2人を気遣うように爽やかな風が吹いた。川に近いこともあってか随分涼しい風だ。
そんな心地良い風の音に紛れて「おーい!」と聞き慣れた声が聞こえた気がして、リチャードとシエラは2人で見合うと首を傾げて振り返った。
そこで見たのは猛烈な勢いで駆けてくるアイリスの姿。
魔法を複数使用して迫ってくるその勢いたるや、森に生息する巨大な猪型の魔物も真っ青になるかもしれないほどだ。
「はあ、はあ、お、追いついたわ」
「どうしたアイリス。何かあったのか?」
「何か、あったのか、じゃないわよ。はあはあ」
「一旦落ち着け。ほら、タオルだ汗を拭くと良い」
「あ、ありがとう」
リチャードからタオルを受け取り、汗を拭うとアイリスは大きく息を吸い込み深呼吸して、自分に掛けていた魔法を全て解除した。
加速、重量軽減、この2つを解除すると軽かった体に本来の重量がのし掛かる。
そのせいだろう。
アイリスは一瞬何かを担ぐように「ゔっ」と声にならない声を吐き出す。
「アイリス大丈夫?」
「ええ、ありがとうシエラちゃん。大丈夫、もう大丈夫よ」
「さて、では落ち着いたところで話しを聞くとしよう。歩きながらな」
アイリスを加え、川に向かう3人。
リチャードの隣を歩くシエラを挟んで、アイリスはリチャードにここに来た理由を話しだした。
リチャードの家の近くをたまたま通りがかったら、たまたまご近所さんと会話することになって遊びに行ったと聞いたから、手違いで多く買ってしまったサンドイッチを届けに来た、とかなり無理のある、もはや言い訳のような理由付けだった。
「君は嘘が下手だなあアイリス。
私の家と君の家はギルドを挟んで逆の位置じゃないか。
ご近所さんと会話したのは本当だとして、サンドイッチを手違いで多く買ったというのも嘘だね?
君のような聡明な女性がそんなミスをするとは考えにくい。何より合理的な判断が出来る君ならこんな場所まで来ないでギルドの職員に配る筈。
何よりもその格好だ。
フリル付きのブラウスにロングスカートで愛らしいコーデは到底仕事に行くための服には思えん。
だいたい――」
「親父、親父。もう許してあげて。
アイリスが茹でた八本足のクラーケンみたいになってる」
リチャードが服の裾を引かれてシエラに言われ、アイリスを見てみると、褒められて嬉しいのか、嘘を暴かれ恥ずかしいのか、笑っているのかニヤけているのか、恥辱と歓喜の狭間のような表情を浮かべて俯いていた。
「ほ、本当は2人をピクニックにでも誘おうかと、思ってました」
「ハハハ。全く、嘘なんて君らしくもない。
でもそうか、それは悪いことをしたな。
普段鍛錬場を提供してくれている君にも声を掛けるべきだったよ」
「アイリスも一緒に釣りしよ?」
「良いの?」
「ん。アイリスは好きだから、良い」
こうして3人は川に到着したので、適度に開けたところを探しては川沿いを川上へと向かって歩いていく。
すると、水面で一匹、魚がハネた。
川の深さはリチャードの膝よりやや上。
流れは緩やかで、川岸には草では無く、少し山に近付いたせいだろうか、砂利が地面には広がって、ところどころに座るに良さそうな岩が転がっていた。
「これ以上は森に入ってしまうか。
よし、この辺りで荷物を広げようか」
言いながらリチャードは釣り竿を地面に置くと、敷物を広げ、その上に荷物も広げていった。
「薪を拾ってくるよ、シエラ、アイリスと待ってておくれ。
アイリス、シエラを頼む」
「ええ、分かったわ。浅いとは言っても森が近いから気を付けて」
「承知しているさ。
じゃあシエラ、行ってくるが、賢くしてるんだぞ?」
「ん。大丈夫。気を付けて」
「ああ、では行ってくる」
微笑むシエラの頭に手をポンと乗せて撫で、その後リチャードは用心のために腰に携えてきた愛剣を鞘から引き抜き、刀身を確認すると、森に一人で足を踏み入れた。