街の外へ散歩に行く
シエラの養成所への入所試験まで4ヶ月。
最初に取り掛かったのは、いや最初の1ヶ月は努めて何かをしたわけではない。
まず大事だったのはシエラの痩せ細った身体を健常な状態に戻す事だった。
食っちゃ寝させていた訳ではない。
朝、共に目覚めては食事をし、読み書きを教え、昼になり昼食を食べた後は二人で散歩に出掛け街を歩き、時には街の外へも行った。
街の外には魔物も存在するが、街の近くの森や草原には比較的大人しい魔物しか存在しない。
森の奥まで進むと敵対的な狼型の魔物や熊型の魔物、亜人種であるゴブリン等も存在するが、その手の魔物は冒険者が定期的に狩りを行うので、街に近付く事は無い。
「親父、あれってスライムだよな?」
「ん? ああそうだね、よく覚えているじゃないか。種類は分かるかな?」
「薄い緑色だからリーフスライム?」
「正解だ、偉いぞシエラ。
あの種類はスライムの中でも大人しくてね――」
「親父の資料に書いてた、テイマーがよく最初に使い魔にするんだよね?」
「その通り、私の研究資料を絵本代わりに読んでいるだけあって良く覚えてるじゃないか」
「ん。魔物の生態って結構面白いから覚えてる」
散歩がてらに歩く街道は爽やかな風が吹き、少し離れた場所に流れる川からはせせらぎが聞こえてくる。
その川と街道の間に広がる、背の低い草が緑の絨毯にも見える草原には数匹のスライムがもぞもぞと草を溶かし食べている。
シエラがそんなスライムを見て呟く。
「メロンゼリーみたいで美味しそう」
「ハハハ、確かに見えなくはないな。まあ味は薬草に近い苦さしかないがね」
「え? 食べたの?」
「若い頃に気になってな」
「そっかあ、甘くないのかぁ」
甘かったら食べたのかな? と思いつつ苦笑いを浮かべるリチャード。
そんなリチャードの目に街道の先から街に向かってくる冒険者パーティの姿が見えた。
治療はされているようだが、破れたインナーウェアに血がこびり付いている。
どうやらクエスト中に怪我をしたようだ。
その冒険者パーティがリチャードを見て「こんにちは」と声を掛けてきた。
「やあこんにちは。クエストかい?」
「ええ、ブラウンベアを討伐してきたんですが、しくじって腕を失くしそうになりましたよ」
「それは大変だったね。お疲れ様」
挨拶を交わし、すれ違うリチャードとシエラの二人と冒険者パーティの4人。
冒険者パーティとリチャードの会話を聞いていたシエラが「知り合い?」と聞くが、リチャードは首を横に振った。
「ギルドで見た事はあるがね、友人知人というわけではないよ」
「でも仲良さそうだった」
「コミュニケーションという物さ。よく覚えておきなさいシエラ。こうやって少しずつ顔を覚えてもらったり、相手との距離を縮めて仲良くなっていくんだ」
「こみにけーしょん……難しそう」
「ハハハ、そうだね。人によってはとても難しい物だ、だからこそ挨拶くらいはするのさ」
「ん。分かった」
「さて、今日はそろそろ引き返そうか。
またアイリスに会いに行くかい?」
「ううん、今日は親父と二人でいる」
「そうか、では家に帰るとしよう」
爽やかな風を感じながら、二人は街に向かって歩き出す。
平々凡々な日常。
二人の間に流れる穏やかな空気を愛しく感じたのは親子共にだった。