就任と入所はいつになるのか
ギルドの職員が持ってきた書類はリチャードの引退前までの最新の冒険者登録証紙と冒険者養成所の登録証紙だった。
「じゃあリチャード、こっちの書類にサインを貰えるかしら」
「ふむ、了解した」
差し出された養成所の登録証紙とペンを受け取り、サインするリチャードの手元をシエラが覗き込んでいる。
何をしているか気になっている、というよりは登録証紙に書いてある文章を読んでいる様子だ。
サインを書き終わったリチャードは、書類とペンを返してミルクティーを口に運ぶと深くソファに腰を掛け直す。
「養成所の教官になるには試験もあるのでは無かったかな?」
「本来なら確かに試験を受けてもらうけど、貴方はSランク、しかもこちらからお願いした立場よ?
試験なんて私の権限でパスさせるわよ」
「贔屓が過ぎないかい?」
「過ぎなくないわ。
大体、養成所の教官の試験の筆記試験には貴方の研究資料を元に作った物もあるんだし、正直貴方が受ける意味は無いのよ」
「ああ、そういえば何時だったか、資料を貸してほしいと養成所から打診があって貸し出した事があったな」
「そういう事よ。だから貴方には試験の必要は無し。
シエラちゃんはそうもいかないけどね」
書類とペンを受け取り、立ち上がったアイリスは執務室へ向かいながらそう言うと「ちょっと待ってて」と執務室への扉を開けてそちらへ行ってしまった。
「親父、試験ってなに?」
「ふむ、改めて聞かれるとなんと答えれば良いのか……そうだな、試すというのが正しいのかな。
シエラが冒険者になれるように学ぶ為の場所に入れるように試す。それが試験だ。
まあとは言え、簡単な物だから受からない子供の方が珍しいがね。
何せ冒険者を育てる為の場所であって勉学を学ぶ学校では無いのだから」
「どんな事をするの?」
「大体が武器を振れるか、魔法を使えるかを見るんだよ。
冒険者養成所にもランクがあってね。
才覚ありと見られればハイランクに組分けされて卒業までが早くなるんだ。
まあ、この辺りの説明は養成所に入所すれば教官が教えてくれるさ」
「親父がその教官なんじゃないのか?」
「ん? ああ、ハハ、確かにそうだ。
これは一本取られたかな?
でも、シエラのクラスを担当出来るかは分からないからね。
入学したらちゃんと教官の言うことは聞くんだよ?」
「俺は親父のクラスが良い」
「甘えん坊さんめ、まあそう言ってくれるのは嬉しい限りだがね」
と、親子二人仲睦まじく会話をしていると、アイリスが執務室から戻ってきた。
先程持っていった書類が手元にない辺り手続き的な事はもう無さそうだ。
「私の就任はいつ頃になるのかな?」
「シエラちゃんと一緒に入所したいでしょ?
今期の入所試験は4ヶ月後だから、その辺りになるわね」
「後4ヶ月か、分かったありがとうアイリス。
それまでに準備を進めるよ。
そうだアイリス、お礼と言ってはなんだが今晩ご馳走させてくれないか?」
「……え!? 今日!?」
突然のリチャードの申し出に一瞬アイリスの思考が停止するが、アイリスにしてみればそうなるのも当然だ。
仕事の話だけと思っていたら急に想い人から食事に誘われたのだから。
「む、すまない予定がありそうだな、では後日改めて――」
「大丈夫! 大丈夫だから! 仕事終わったら絶対に行くから」
「あ、ああ分かった。では準備して待ってるよ」