目覚めたら、とりあえず食事かな?
腹を空かせた少女はある日の夜、縄張りにしている路地裏の一角で見慣れない男に出会った。
その男は食事をしてきた後なのか、食べ物の匂いを漂わせて危険な路地裏を素知らぬ顔で歩いていた。
ここ数日まともに食べていない少女が割れた瓶の破片をナイフに見立てた物を片手に男の前に飛び出したのは、空腹で気が立っていたからだ。
親に捨てられた自分はこんなに餓えているのに、生きてさえいればいつか救いがあると信じて我慢して生きているのに。
「神様なんていねえ。もう止めだ、殺して奪うか、もしくは……殺してもらうか」
少女は冒険者であろうか。装備を整えた男にナイフを突き立てるために駆け出した。
路地裏でへたり込んでいる死んだ目をした大人達ならこれで怯んで逃げていく。
しかし、冒険者であろう男の動きは少女の目では追うことすら出来なかった。
ナイフが宙を裂いた直後、少女は側頭部に衝撃を感じ意識を手放す。
意識を手放す瞬間少女は思った「ああ、これが死ぬってやつか、そんなに痛くないんだな」と。
しかし少女はもちろん死んでなどいない。
少女は感じたことのない柔らかい感触に包まれている事に気が付く。
目を開くのを少女は躊躇った。
この心地良い感触が夢で、目を覚ますと何時もの硬い地面に敷いたボロ布の上に戻ってしまうと思ったのだ。
だがいつまで経っても感触が消えないばかりか、バタンという扉が閉まる音が聞こえ、食べ物か何かの良い匂いがしてきたのを境に少女は恐る恐る目を開けた。
「起きたか、丁度良かった。スープを作ったんだが、食べるかい?」
「お前、昨日の!?」
「リチャード・シュタイナー。冒険者、ああいや今は無職か。“元”冒険者だ」
「その元冒険者が俺になんの用だ、もしかして身体目当てか!?」
「十年早いわ小娘。ああいやすまん、特に用があって連れてきたとかではなくてね。
まあ、そうだな。強いて言うなら気紛れ、いや偽善かな? 死にそうな目をしていた君を助けたくなった、それだけだ」
少女は自分の状況を確認するためにキョロキョロ辺りを見渡したり自分のいる場所や服装を確認する。
サイズは全くあっていないが着たことがない上等な布で出来たシャツ。
両親と暮らしていた時でさえ使わせてもらった事の無いフカフカのベッド、異臭のしない身体、痒くない頭髪。
どうやらリチャードと名乗った男が自分を暗い路地裏から救い出してくれたというのは本当らしい。
しかしそれでも少女は警戒を解かない。
布団を手繰り寄せてリチャードを睨むその目は敵意剥き出しの犬や猫のようだ。
「とって食うわけでも、その貧相な身体に欲情している訳でもない。そう警戒しないでくれ。
それよりスープをお食べ、腹へってるだろ?」
ベッドの横に置かれた棚の上を指差すリチャード。
そのスープを見た少女は返事こそしなかったが、腹の虫には勝てなかったか、グゥ~と鳴った腹の音を合図にするかのようにスープの入った皿に飛び付いた。
何年ぶりかのマトモな食事に興奮し、一気に口に掻き込もうとするのをリチャードが手で制する。
それを振り払おうとするが、リチャードの身体はびくともしない。
「スープとは言え一気に食べると危険だぞ? 水もある、誰も取らないからゆっくり食べなさい」
リチャードはそう言うと少女の頭をガシガシと撫で、ベッドの傍らに置いた椅子に腰掛けて少女の食事する姿を微笑みながら見ていた。
するとどうだろうか、少女は食事をしながら泣き出してしまった。
声を出すでもなく、ただ涙が溢れている。
もう二度と食べることはないと思っていた温かい食事、二度と着ることはないと思っていた綺麗な服、雨風が凌げる立派な家。
少女が心から求めていた物がここにはあったのだ。
「お代わりはいるかい?」
「……欲しい」
「分かった。待っててくれ直ぐに入れてくる」