シエラの決意
リチャードが風邪から快復してからというもの、リチャードはシエラの将来を考えるようになった。
のんびり暮らしていければそれでいい、そう考えていたリチャードだったが今回風邪で倒れた事で自分がいなくなった後のシエラの事を考えたのだ。
今回は風邪だったが、もし流行り病で自分が先に死んでしまったら? いや、それ以前に寿命の差で自分は確実にシエラより先に死ぬ。
来るべきその時までにシエラが自立できるようにしなければ、遅かれ早かれシエラは路頭に迷うことになる。
リチャードはそんな事を考えた、考えるようになった。
そんなある日の事、リチャードの研究資料を読み漁り、リチャードの冒険者時代の話を目を輝かせながら聞いていたシエラが言う「俺も冒険者になれる?」と。
「どうして冒険者になりたいんだい?」
「だって俺はリチャードの子供だから。子供は親の仕事を継ぐものなんじゃないのか?」
誰から聞いた情報なのか、いやそういえばとリチャードはシエラを連れて買い物に出た日の事を思い出していた。
二日ほど前だったか、いつも食材を買っている野菜屋の屋台に寄った時そこで買い物をしていた奥様方が話していた「うちの子が家業を継ぐんだって張り切ってる」「それは喜ばしい」要約するとこんな話だった。
親の仕事を子供が継げば親が喜ぶ。
シエラにとってリチャードに喜んでもらうことは命の恩人への恩返しだと、いや、そんな複雑な考えではないのかもしれない。
たんにリチャードに喜んでもらいたい、その一心から出た言葉だった。
「シエラ、別に私が冒険者だったからと言って君が冒険者になる必要は無いんだよ?
シエラの未来は無限とは言えないが、近しいくらいに枝分かれしているんだ。
洋服屋さんになったり料理人になったり、勉強して先生にだってなれる。
家事、炊事これができれば好きになった人のお嫁さんになる事だってできるんだ」
「まあ確かに俺は将来リチャードのお嫁さんになるけど。
リチャードの見てきた光景を、俺も見てみたいって思ったんだ。
リチャードとアイリスが剣で戦ってるのをみて、楽しそうだとも思った。
二人みたいになりたいって、そう思って」
「最初の発言が気になるが……まあ今は良いか。
シエラ、冒険者という仕事は楽しいことばかりじゃないんだぞ? もちろん冒険者に限った事じゃないが――」
ここまで言ったリチャードがハッとして口を閉じた。
楽しい事ばかりじゃない、そんなことはこの子が一番わかっているではないかと思ったのだ。
平凡な家庭に生まれ冒険者になるまでは両親は健在だった自分と、生まれて数年で捨てられた目の前の少女。
どちらの方が恵まれていたかなど言うまでもない。
リビングのソファ、隣に座るシエラの肩を抱き寄せリチャードは言う「痛い事、悲しい事もあるんだぞ」と。
「大丈夫。慣れっこだよ」
その言葉がリチャードの心を抉った。
10歳の子供が痛い事、悲しいことに慣れているなどあってはならない、あっていいはずがない。
リチャードは抱き寄せたシエラの肩に力を込める。
しかし、シエラの眼は真っすぐで冒険者になるという決意すら感じられた。
「冒険者だった私が冒険者になるなとは言わない。ただ、約束してほしい。
絶対に無謀な挑戦はしないでくれ」
「ん。分かってる。リチャードの本にも書いてた、勇敢と無謀は違うって」
「ハハハ、本当によく覚えているな。よし、なら私も腹をくくろう。
まずはシエラの養成所入所からだな。
あとはアイリスに言って私の再就職もか、ふむ、忙しくなるな」
「いやか?」
「いや、愛娘と一緒ならそれも面白くなるさ」