三人での夕食
シエラがアイリスを迎えてくれている間にリチャードがキッチンへと向かい、夕食の準備をしようと保冷庫を開けようと扉の取っ手に手を伸ばそうとしたところ、そんなリチャードの肩をアイリスが掴んだ。
「何やってんのアンタは」
「やあアイリス、何って夕食の準備をしようかと思ったのだが」
「やあじゃないわよ全く。顔色は良くなったみたいだけどアンタは病人なんだから、大人しく座ってなさい」
見れば片手に食材の入っている布袋をアイリスは持っていた。どうやら夕食を作ってくれるらしい。
リチャードが振り返るとキッチンの出入口でシエラが椅子を用意して待っていた、座れ、と言うことだろう。
体調は確かに良くなったが、シエラやアイリスの心遣いを無碍にするわけにもいかない、そう思ったリチャードはお言葉に甘えてシエラが用意した椅子へと向かい、シエラの頭を撫でると腰を下ろした。
「消化に良い料理を作るわ。調理器具の場所だけ随時聞くから教えてくれるかしら?」
「ああ、分かった」
「シエラちゃん、寝室から薬取ってきてくれる?忘れないようにダイニングに置いておいて」
「ん。分かった」
リチャードの後ろにいたシエラがアイリスの言葉に従い寝室へと向かっていく。
それを見て、アイリスは微笑むと買ってきた食材を調理台の上に並べて夕食の準備を始めた。
時折「秤は?」「包丁は?」と聞きながら夕食を作っていくアイリスの後ろ姿を見て、リチャードは自分の家の台所にギルドマスターが立っていることに奇妙な違和感を覚える。
「ふむ、たまにはこういうのも良いものだな」
「何? 何か言った?」
「いや、なんでも無いよ。独り言だ」
「あらそう? もう少しで出来るから先にダイニングに行ってても良いわよ」
「そうだな。そうさせて貰うよ」
アイリスに夕食を任せ、リチャードはダイニングへ向かった。
ダイニングに入るとシエラが椅子に座って何やら本を読んでいたのがリチャードの目に入る。
その本にリチャードは見覚えがあった。
リビングに置いてある趣味の小説ではない。
その本はリチャードが研究し実際戦ってきた魔物の生態を書き記してきた資料だった。
「シエラ、それは面白いものじゃないぞ? 読むならリビングに置いてある小説の方が良くないかい?」
「リビングの小説も面白いけど、これも面白い。 誰が書いたの?」
「それは私の書いた物だよ。今までのクエストで遭遇した魔物の特徴や弱点、生態なんかを記録した物なんだ」
「絵もリチャードが描いたの?」
「ああそうだよ。まあ画家さんには及ばんがね」
「そんな事無い、上手いと思う」
「それは嬉しいね。
ほら、そろそろアイリスが夕食を持ってきてくれるから、その資料は置いてきなさい。
気に入ったなら後でいくらでも読んで構わないから」
「分かった。置いてくる」
リチャード自作の研究資料を持って、シエラがダイニングから出ていった直後、廊下を歩くシエラの後ろ姿に「シエラちゃん夕食出来たわよ」と言ったアイリスが鍋を持ってダイニングに姿を表した。
「シエラちゃん、どうしたの?」
「私の研究資料を読んでいたみたいでね、夕食だから片付けるように言っただけだよ」
「リチャードの研究資料って魔物図鑑みたいなアレでしょ? シエラちゃんに分かるの?」
「まさか。字は読めるがアレの内容までは理解してはいないだろう。
まあ賢い子だからな、理解はしていなくても内容を覚えている可能性はあるがね」
「……リチャードはシエラちゃんの将来をどう考えているの?」
「それはあの子が決める事だ、私が願うのはあの子の健やかな成長だけだよ。
私はあの子の将来に出来るだけ口は出さないつもりだ。
シエラの未来はシエラの物だから」
「もし、あの子が冒険者になるって言っても――」
「止めんよ。それがシエラの選んだ事ならね」
夕食のスープが入った鍋を置き、皿を並べながら二人は話す。
そしてシエラが戻って来るのを待って、三人は食卓を囲んで夕食を食べ始めた。