父と娘
リチャードが額に冷たさを感じ目を覚ますと、手に何やら圧迫感を感じる。
視線だけを圧迫感を感じた手の方に向けると、自分の腕を枕代わりに眠るシエラの姿をリチャードは見ることになった。
「冒険者を引退して気が緩んだんじゃない?」
「アイリス? 何故君が此処に――」
「シエラちゃんに感謝しなさいよ? 一人でギルドまで来たんだから」
「シエラが。そうか心配を掛けたみたいだ」
リチャードがシエラの顔を改めて見ると、目に涙の跡が見えた。
それだけで自分がいかにシエラに心配を掛けたかを理解し、リチャードは困ったように微笑むと空いている手で傍らで眠るシエラの頭を撫でる。
「鑑定医の鑑定では熱風邪と出たから薬だけ貰ったわ。
食後にちゃんと飲んでね」
「すまない、医者まで呼んでくれたのか。金を――」
「良いわよそんなの。
体が鈍ってる貴方を無理矢理誘った私にも非はあるのだしね」
「すまない。いや、ありがとうアイリス」
「良いから、もうしばらく寝てなさい。
ちょっとマシになったら起きてご飯食べて、薬飲んで元気になって、シエラちゃんを喜ばせてあげて」
「ああ、そうするよ」
「じゃあおやすみなさいリック。
仕事終わりにまた様子を見に来るわ」
「助かるよ」
その言葉を最後に再びリチャードは目を瞑り、意識を手放した。
眠りに落ちる瞬間シエラが「パパ」と呟いた気がしたが、リチャードにはその声の真偽を確認することは出来なかった。
それからしばらくリチャードは眠り、再び目を覚ました時にはアイリスの姿は何処にも無かった。
代わりに、先に目覚めたシエラが、ベッドの隣に置いた水の入った風呂桶で手ぬぐいを濡らして、それを絞っている姿をリチャードは視界に捉えた。
「シエラ、すまない。心配掛けたな」
「リチャード、起きて大丈夫か?」
「ああ、随分楽になったよ。シエラがアイリスを呼んできてくれたおかげでね」
「会ったの?」
「ああ、シエラが寝てる間にね。
ありがとう、私の為にわざわざギルドまで行ってくれたんだな」
「どうすれば良いか分からなくて、俺じゃ何も出来ないから」
「いや、最善手だよ。助かった。
風邪も悪化すれば最悪死ぬ可能性が出てくる。
シエラは私の命の恩人だな」
体を起こし、シエラを抱き寄せ頭を撫でる。
そんなリチャードをシエラも抱きしめた。
出会ってまだ短い期間しか二人は共に暮らしていないが、二人の間には確かに親子の絆が芽生えていたのだ。
窓の外を見てみればとうに日は沈み、夜の帳が降りている。
空腹感に「夕食にしようか」とリチャードが言った矢先、自宅の玄関のドアノッカーが叩かれ、間髪入れずに玄関のドアが開かれる音が聞こえたかと思うと「お邪魔するわよ」とアイリスの声が聞こえてきた。
「アイリスが来たようだ、シエラ、出迎えてやってくれ」
「ん。行ってくる」