風邪は辛いよ
リチャードとシエラが冒険者ギルドを訪れた翌日の事だった。
朝いつも通り起きたリチャードだったが、体に激しい倦怠感と疲労感で二度寝することにした。
どれくらい眠ったのか「リチャード?」というシエラの声で再びリチャードは目を覚ますが、やはり倦怠感は消えていないようで、体を動かすのも辛そうだ。
「やはり、歳なのだろうか。模擬戦一回でこの様とは」
「リチャード顔色悪い」
「よく眠った筈なんだがね。疲れているのかもしれない。
とりあえず食事にしよう。お腹減ったろう?」
そう言ってリチャードがベッドから降りて寝室の出入り口に向かおうとしたその時。
リチャードは平衡感覚を失って前のめりに倒れてしまった。
酒に酔った人間が倒れるような倒れ方だ。
突然のことに驚いてシエラが「リチャード⁉︎」と声をあげてベッドから降りて駆け寄る。
「リチャード、どうした? 躓いたのか?」
「う、すまない。風邪かもしれない。シエラ、保冷庫の中に夕食の残りがある、私はちょっと動けそうにない。お腹が減ったらそれを食べてくれ」
「そんなのいいよリチャード。早くベッドに戻って」
「ああ、そうだな」
手を貸したくて手を伸ばすシエラだが、大人の体重を10歳の子供が支えられるわけもない。
しかしリチャードはそんなシエラの気遣いがうれしくて手を取って、出来るだけシエラに預けた手に体重を掛けないように立ち上がると、そのままベッドに戻った。
ずいぶん長い間病に掛かっていなかったが故に倦怠感が激しく感じられる、まるで全身に重りでも乗っているようだ。
吐き気はないが寒気も相当なようで、リチャードの体は震えていた。
「大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。大丈夫だよシエラ」
とは言うが、あまりの倦怠感と疲労感からリチャードを抗いようのない睡魔が襲ってくる。
シエラに医者を呼んでくるように頼むべきか? ただの風邪と断じて症状がマシになるまで眠るか?
などと考えている内にリチャードは睡魔に抗えなくなり意識を失うように目を閉じた。
「リチャード?」
シエラからしてみれば眠っただけに見えるが、発汗の激しさや呼吸の粗さからただ事ではないというのは子供ながらに感じたようで、シエラは先ほどそうしたようにリチャードの体を揺する。
しかし、深く眠っているのだろうリチャードには反応がなかった。
「リチャード大丈夫? リチャード、なあ親父……パパ?」
呼んでも起きない。
その事実がシエラを焦らせた。
どうすればいいか分からず混乱するシエラは昨日帰って来た時のリチャードの言葉を思い出す。
「何か困った事があればアイリスは頼れる。私に相談し辛い事があれば彼女を頼りなさい」
と、リチャードにしてみれば女性の悩みは女性にというニュアンスの言葉だったが、シエラにしてみればリチャード以外で喋った大人の中で一番最初に思い出したのが彼女だったというのもあって、シエラは着替えもせずに寝間着のまま靴だけ履いて冒険者ギルドまでの道を駆けることを選んだ。
ギルドまでの道はそう難しくない。
シエラは賢い子だ。
曲がりくねった複雑な道を行くならまだしも、区画整理された街を記憶を頼りに走るのは10歳の子供でも十分可能だ。
息を切らせ、シエラはギルドにたどり着くと扉を開きキョロキョロ辺りを見渡すが、この時間、ギルドマスターのアイリスは自室で仕事中で一階にはいない。
しかし、慌てている様子のシエラを通りがかった冒険者の男性が「どうしたんだいお嬢ちゃん」と気遣ってくれた。
その冒険者の男性に父であるリチャードが倒れたことを伝えようとするが、ここまで走ってきた疲労とリチャードが死んでしまうかもしれないという悲しさで泣きだしてしまったシエラはうまく言葉を伝えられない。
辛うじて言えたのが「アイリス、助けて」の二言だった。
困り果てた男性冒険者だったがその言葉を聞いてギルドマスターを呼びに行ってくれた。
男性冒険者から事情を聴いて、二階から降りてきたアイリスはシエラが泣いているのを見て駆け寄る。
「シエラちゃんどうしたの⁉︎」
「親父が、パパが――」
「リチャードに何かあったの?」
「倒れて、苦しそうで」
「分かったわ、行きましょう」