アイリスはリチャードを引き止めたい
模擬戦は最終的に何度か鍔迫り合った際にリチャードとアイリス双方の剣が折れたことで終了の運びとなった。
剣を失ったリチャード、一方でアイリスはまだもう一本剣を片手に残している。
勝敗をつけるならリチャードの負けで終わった形だ。
「私の勝ちだなリック」
「ああ、負けたよ。流石だな、アイリス」
汗をにじませたアイリスが、汗だくでゼェゼェと息をするリチャードに握手を求めて手を伸ばした。
刀身の半分ほどから折れた剣を鞘にしまったリチャードが深呼吸して息を整え、その手に応えるように手汗を拭ってからアイリスの手を握ると、観戦していた冒険者達から拍手が響く。
「やはりもったいないぞリック、その腕で引退は」
「そう言ってくれるのは素直に嬉しいよ」
「なら戻ってこいリチャード、お前はまだ十分冒険者としてやっていけるだろ?」
「悪いがそれは出来ない、今の私には成長を見届けたい、我が子がいるんでね」
手を離し、アイリスに背を向けて歩くリチャードはシエラを見て言った。
その後をアイリスが追いかけ、隣に並ぶ。
「ならお前のその育成力、別の場所で生かしてもらえないか? やはりどう考えてもリチャードの育成力、教育力は貴重だ。腐らせるには勿体無い」
「別の場所、というと養成所かね?」
「そうね、あなたが教官を務めてくれるなら若い冒険者の死亡率は大幅に下がるはず。
考えてくれないかしら?」
シエラの前まで来たリチャードが足を止めた。
確かに若い冒険者の死亡率は決して低くない。
それは若いが故に無謀な挑戦をするからという理由が多い、もちろん事故や不意遭遇戦に陥って帰らぬ人となる事もある。
しかしそれは正しい知識があれば回避できるはずだ。
今でも教育は行われているが若い冒険者の死亡率が下がらないのは、教官の人数が足りていないからだとアイリスは言う。
それもそうかもしれない。
なぜなら冒険者を五体満足で引退する者が少ないからだ。
一人教官が増えたところで現状は変わらない、そんなことはアイリスも分かってはいる。
だが、長期的に見て、既に何人ものSランク冒険者を育てたリチャードが育てた若い冒険者が大成し、順当に後継者を育てることになってくれれば今すぐには無理でも徐々に若い冒険者の死亡率は下がっていく筈だ。
気の長い話だが冒険者は冒険者にしか育てる事はできない。
それはリチャードも重々承知していた。
「すまない。直ぐに返事は出来ない。……ゆっくり考えさせてくれ」
「……そうね。出来れば良い返事を待っているわ、リチャード・シュタイナー」
折れた剣が入った鞘をアイリスに渡しながら言ったリチャード。
そのリチャードの折れた剣を、縋るような、どこか悲しげな表情を浮かべながらアイリスは受け取り、抱える。
引退直後にこの話を聞いていたなら二つ返事で了承していただろうな、とリチャードは思いながら汗だくの自分を心配そうに見上げるシエラに手を伸ばして頭を撫でた。
何故撫でられたのか分からないが、子供というのはそれでも撫でられると嬉しくなるもの。
シエラも例外ではなかった。
恥ずかしそうに顔を伏せるが、口元に笑みが浮かんでいる。
それを見たリチャードも嬉しそうに微笑んだ。
「さあ、帰ろうシエラ」
「ん。帰る」
「じゃあ、シエラ、アイリスに挨拶を」
「ん。今日はありがとう、アイリスお婆……お姉ちゃん。ご飯とパフェ美味しかったです」
ぺこりと頭を下げるシエラの姿に可愛いと感じるが、アイリスの心中は穏やかではなかった。
それは無論シエラが自分をお婆ちゃんと言いかけたからに他ならないが、リチャードに言ったように強く言えるはずもなく。
「またねシエラちゃん、また会えるといいわね」
と、アイリスは複雑な気持ちで二人を見送ることになったのだった。