奢ってもらった昼食の対価
リチャードがアイリスと出会ったのはリチャードが14歳の頃。
冒険者になってからまだ日も浅く未熟な時だった。
既に名を馳せていた彼女に度々クエストに同行してもらったり、リチャードが二十歳を過ぎた辺りで隣国と勃発した戦争に共に従軍したりと20年来の腐れ縁。
そんな彼女が不意に口を開いた。
「ねえ、リチャード。久々に顔を出したんだし、体を動かしていかないかい?」
リチャードとシエラの2人がデザートのパフェを食べ終わり「チョコが美味しかった」「アイスが濃厚で美味かった」と感想を言い合っていた時だった。
その様子を眺めていた冒険者ギルドのギルドマスター、アイリス・エル・シーリンがリチャードの方を見て言った。
「模擬戦でもお望みかな? 私は引退した身なんだが」
「冒険者を引退して運動してないでしょ?
アンタ甘党なんだから将来太って病気になるわよ?」
「君は家事を甘く見ていないか? 炊事、掃除、洗濯、買い物。
これらはそこそこの運動になるのだぞ?」
「分からない訳無いでしょ。何年生きてると思ってるのよ。
だからって家事が魔物と戦ったり、馬車の警護の為に数十km歩くよりも重労働だとでも言うつもり?
ねえ、シエラちゃん、お父さんがオークみたいになったらどう思う」
アイリスの言葉に、シエラは家に置いてあったリチャード自作の魔物の研究資料に描いてあったオークの絵を思い出し、リチャードと重ねてしばらく答えに困り眉をしかめて考える。
「親父がオークみたいに? ……嫌いにはならないけど…………う~ん……ちょっとヤダ」
「貴様。娘をダシに使うのは卑怯だと思わんのか?」
「私は心配して言ってるのよ、ねえシエラちゃん」
「ん。親父には、いつまでも元気でいてほしい」
俯き願うシエラに、リチャードは歯噛みしてアイリスを睨む。
一方で睨まれたアイリスはそんなリチャードを煽るようにニヤニヤ笑っていた。
「はあ全く。分かった、とは言え食事直後だ。少し腹休めしてからだぞ」
「ええもちろん。いやぁ有り難いなあ、私も最近運動不足でねえ。
あなたの後輩達や他のSランクパーティはクエストに出ちゃって居ないし。かと言ってそれより下のランクの冒険者だと、ねえ?」
「ねえ? って貴様。まだ才能を発揮出来ていない冒険者を見つけて育成、サポートするのもギルドの役割だろうが。
養成所もある、相手には事欠かんだろう?」
「やってるわよ、ちゃんとね。
でもほら、たまにはね強い奴と戦いたいじゃないの」
「戦闘狂め、サブマスターはさぞ苦労してるんだろうな」
やれやれと首を振って大きなため息を吐くリチャード。
そんなリチャードを尻目にアイリスは席を外すと「じゃあ私は着替えてくるわ」とその場を立ち去った。
残されたリチャードとシエラの親子二人は同時にテーブルの上に置いていた水の入ったコップを手に取り、それを口に運ぶ。
「親父、あの女の人と喧嘩するのか?」
「喧嘩とは違うよ、なんと言えば良いか。
そうだな、練習、かな? 怪我はまあするかもしれないが、今から私達がやるのは喧嘩では無く練習。
これまで培った技を見てもらい、相手には技を見せてもらうんだ。
だから安心して見ていなさいシエラ」
「ん。見てる」
この一連の会話を近くに座っていた冒険者達はしっかり聞いていた。
元Sランク冒険者リチャードとギルドマスターの模擬戦。
普段クエストに行っては帰るだけの冒険者達にとってはちょっとしたイベントみたいな物だ。
この模擬戦の情報は水に発生した波紋のように拡がっていき、ギルド内の冒険者達に伝わっていった。
「おい聞いたか、ギルドマスターが模擬戦やるってよ!」
「お、久々にツインソードが暴れるのか。
相手は誰だよ、Sランク達は出払ってるだろ?」
「リチャードだよリチャード。この間引退したあのSランク」
「え、リチャード・シュタイナーが相手なのか!? はあ〜、可哀想になあ。引退したのに引っ張り出されたのか」