拾った子供、まずは風呂
町外れの住宅地に建てた一軒家の自宅に帰るまでにリチャードが気付いたのは子供から漂ってくる異臭、悪臭だった。
何日、何週間、いやもしかしたらもっと長い期間体を洗っていないのかも知れない。
「まずは……風呂かな?」
自宅である一軒家に戻り、リチャードは子供を抱えたまま風呂場へ向かうと浴槽の側面に設置された水の魔石に魔力を込め、水を張り、火の魔石で熱を出してお湯を沸かしていく。
気の強い子供だった。
抵抗されても面倒だと思い、リチャードはこのまま子供を洗ってしまおうと考え、子供が着ている、ボロを脱がした。
「…………ない。女の子だったのか。男の子だと思っていたが」
リチャードがボロを脱がせると、男の下半身に存在しているはずの馴染みのある物がそこには存在していなかった。
少女の体はガリガリに痩せ細り、起伏などは無く色艶もない。
「すまない、だが。女の子なら尚更綺麗にしてやらんといかんし……まあ、まだ子供だしな意識するほうが間違いか、手早く洗おう」
装備である手甲や胸当て等だけを外し、脱衣所にそれを置くとシャツとズボンだけの姿でリチャードは固形石鹸を使い、タオルを泡立て、少女の体を洗っていく。
するとどうだろうか、綺麗だった筈のタオルも、白く泡立っていたキメの細かい泡もどんどん灰色に濁っていく。
特に酷かったのが頭髪だ。
シラミだらけの髪は一度や二度洗っただけでは汚れが落ちなかった。
胡座をかいて座り、その上にガリガリの少女を寝かせ顔に水が掛からないように洗っていくこと数回。
苦労の甲斐あってか、何度も洗うと灰色がかった少女の髪は薄い白髪に近い水色の髪へと色が変わっていった。
これがこの少女の本当の髪色「珍しい髪色だな」と呟いたリチャードは念のためにと、最後にもう一度、少女の顔に水が掛からないように、自分のズボンが水浸しになるのもお構いなしで石鹸で洗い流すと浴室から出て脱衣所で少女の体を拭いた。
そしてこの時、綺麗に洗えた満足感と共に、ある事に気が付きリチャードは己の考えの浅はかさに愕然とする。
「ああ、私はなんて馬鹿なんだ。子供向けの下着や着替えなど持ってるわけないじゃないか」
リチャード・シュタイナー、34歳、独身。
恋人いない歴と年齢が同期している。
そんな男が子供向けの下着や服等持っている筈も無く。
リチャードは「仕方無いか」と自分の着替えであるシャツを半ば巻くように着せて少女を寝室に連れて行き、ベッドに寝かせると布団を被せた。
「起きないもんだな……死んではいない、よな?」
ピクリとも動かない少女の口元に手をかざして寝息を確認し、リチャードは胸を撫で下ろした。
気の抜けない生活を何年も続けていたのだろう。
男っぽい口調、自分で短く切ったのだろうボサボサの髪、ナイフで襲い掛かろうという気性の荒さ。
恐らく、それら全ては自分を守るために――。
「私がやっているのは偽善、自己満足だ……だが、それでもまあ、良いんじゃないか? 縁と言うやつさ」
自分に言い聞かせるように呟いたリチャードは眠っている少女の額に手を置く。
路地裏で出会った時の狂犬のような表情は何処へやら、眠っている少女は子供らしく安らかで気持ち良さそうな寝顔を浮かべていた。
「ヘッ! クション!! いかんいかん、これでは私が風邪をひきかねんか。目を離すのは少しばかり気が引けるが、私も風呂に入るとするかな」
ベッドに背を向け歩き、静かに扉を閉めたリチャードは風呂場に向かい、自身も風呂で身体を清め、風呂場の掃除と脱衣場に併設している洗濯室での洗濯も終えた。
そして装備の手入れをしようとして脱衣場に置きっぱなしだった胸当てに手を伸ばそうとして、気が付く。
「ああ、そうだった。私はもう冒険者では無かったな」
伸ばした手で装備一式を掴み、いつも通りに手入れした後、それらを抱えて玄関から見て突き当たりの武器庫へ向かう。
そしていつものように装備一式を片付けると武器庫の扉を閉めた。
リチャードはこの時、仲間たちとの別れ際に感じた寂しさと同じくらいに寂しいと感じ、愛剣だけは傍に置こうと考え、それだけは武器庫から持ち出して、向かった先のリビングのなかの扉の傍に置いてある棚に立て掛けたのだった。